暖かな日だった。恐らくこの麗らかな陽気に、さらさらと深緑が靡く音に包まれれば、多数の者が自分と同じく安易に夢の世界へと旅立てるだろう。正に昼寝日和と名付けるに相応しい昼下がり。時を忘れてずっとこの世界にいたいとくだらない思考を浮かべながら、うっすらと重い瞼を上げる。

「………ん…」

なんて気持ちのいい昼寝だと、瞬きを数回繰り返しながら夢子は思った。…承太郎はどうしたのだろうか。本のページをめくる音が聞こえないから寝ているのかなあ。油断のない彼とて、この状況なら舟を漕いでもおかしくはないはず。眉間に皺を寄せてうたた寝をしている姿を想像したら、くすりと笑みが零れた。
名残惜しいけれど、寝心地の良い縁側から上体を起こして。

「…やっぱり」

振り返れば障子に背を預け、腕組みをしながら器用に睡眠を取る承太郎が、そこにはいた。目深く被られた学帽で表情が見えないのが残念だが、陽光に囲まれ静かに佇む姿はさながら一枚の絵画のよう。その美しさに目は覚めて、夢子は自分の呼吸さえも慎重になるのを感じた。

「あ」

その中で、ふと、帽子の鐔に視点が集中する。疑問に思って起こさないように、気付かれないように、そうっと四つん這いで近付き、己の手をゆっくりとその一点へ伸ばす。薄桃色の、小さなそれ。

「…、!」

指が触れようとした瞬間、大きな手が動作を止めさせた。まさか。こうなることをどこか頭の隅で、ほんの少しだけ考えてはいたがやはり驚く。同時に、自分は警戒されていたのかと些か残念な気持ちになった。

「…何してやがる」
「警戒してたの?」
「聞いているのは俺だぜ」

噛み合わない会話に、承太郎の深緑がじろりと一瞥。彼に逆らうと怖いんだ、色々と。

「桜」
「は?」
「帽子にね、桜がついてたの。…ほら」

今度こそ、その花びらを摘み承太郎に見せる。
目の前に広がる空条家の庭園に、桜の木は無い。が、目を凝らすと所々に桃色の花弁が見られる。夢子が小さな一つを指から放せば淡い風がそれを攫い、ゆらゆらと春の空に舞っていった。

「桜、もう咲いてるんだね」
「…ああ」
「…私の事、警戒してた?」

話題を切り替え、後回しにしていた疑問を改めて問い質す。視線がかち合うと承太郎は瞼を閉じて溜め息。やれやれだぜ、と。

「下らないことされるんじゃあねーかと思っただけだ。……安心しろ」

予想外の返答に夢子は内心驚いた。そう言われてみればいくつかの前例がある、が。とにかく注意を払われていたとか、嫌われていたとか、そういった結果でないことに夢子の気持ちは一気に軽くなった。安心しろ。その短い言葉にひどく安堵し、同時に込み上げる、愛しさの笑み。

「ふ、ふふっ」
「何だ。気持ちわりーな」
「別にー?」
「…ひっつくんじゃあねー」

抱き着いて顔を埋めた学ランは、優しい春の香りがした。

まどろむ

「承太郎ー、夢子ちゃーん……あら、二人とも寝てるわ」

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空条家には日当たりの良い縁側があるって信じてる。(090411)
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