滑らかな白銀は辺り一面に広がり、まばゆさをちらちらと照らす。
雪が物珍しいわけではない。むしろ散々に見飽きている程であるが、空いた両手の手癖で、何と無くそれに触れてみる。手袋を外した素肌に雪が触れると、指先から驚くほど早い速度で熱は奪われてゆく。
「…つめたい」
びりびりと、やがて痺れるような痛みが襲ってきたが夢子は小さくしゃがみ込んだまま雪と戯れることを止めなかった。だが少しもすると感覚は消え失せ関節は言うことを利かなくなる。ああ、炭櫃が恋しい。火で無くても暖かいものが欲しい。例えば白湯、例えば猫に触れるのもいい。そう、例えば人の熱。
「…虹源」
このような気持ちを察して謀ってか後方から聞き慣れた低音が聞こえた。振り向かなくたって分かる、あの方のお声。
「はい、新城殿」
立ち上がって向き直れば、作戦会議が終わったらしい新城が入口で立っている。
「何をしている?」
「少々雪遊びを」
「…おいで」
「、私でしょうか」
「君以外に誰か居るか?」
肩の雪を一払いして、呼ばれた先へと向かう。彼に近付いたらこの冷え切った手で首でも撫でてやろうか、などとちょっとした悪戯心を持ちつつ。
「…人を猫みたいに呼ばないで下さ、!」
しかしそのささやかな悪戯を実行する間もなく新城の元に着くや否や、いきなり腕を引かれ抱きすくめられる。突然のことに、危うく滑るところだった。
「な、…!」
「寒そうに見えたのです。あなたの背中が」
ぎゅう、と逞しい腕に囲まれて夢子は困惑した。同時にみるみるうちに上がる、己の体温。確かに先程までは暖が欲しいと思っていたが(今思えば彼の温もりだったのかもしれない)こうも突然、屋外でこのようなことをされては流石に恥ずかしさが上回る。
「あ、有り難いのですが、あの私は……手、手が寒いです!」
「…手?」
咄嗟の言葉を早口に口走ると、新城は何処か不服そうに聞き返し夢子を離す。
「し……直衛様」
「何だい」
「何だい、ではありません!…こちらが聞きたいですよ…」
今度は両手を新城のそれに挟まれる。全く何をするにも、行動が第一なのは困り者だ。
「夢子が寒そうに見えたから抱いただけだが」
「お気遣いは有り難いのですがここは外です」
ふにふに、手を掴まれたままではあるが、じ、と軽く睨み上げて見せる。当の本人は全く怯む様子はなく――寧ろ笑っているのか!―こちらを見下ろすだけであったが。
「とにかく、直に日が暮れる。体調を崩したら大変だろう」
「そう、ですね。もう戻ります」
片手を引っ張り、向き直ってすたすたと歩きはじめる新城。自分より少し高い背丈、目前には広い背中。最近は厚着姿ばかり見ていたせいか、薄着の黒服が妙に新鮮に感じた。
「あ、速いですよ、直衛様」
「夢子。仮にも君は軍人だろう?」
「今は普通の女子ですー」
二人は肩を並べ、やがて大きく聳える館へと姿を消していく。
雪は深々と、止むことを知らない。
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剣虎兵部隊所属ヒロイン
(080216)