「…直衛様?」
「ああ、夢子」
何時ものように屋敷をせっせと移動していた夢子は突如視界に飛び込んできた姿に驚き、歩みを止める。無意識の内に零れたその名はか細く、呟き程のものだったが、本人である新城は聞き逃さなかった。
現状が理解出来ず、暫く硬直する。敷かれた絨毯からくぐもった足音を響かせ近付く姿。ここで漸く夢子ははっと我に返った。目前の新城はぴたりと歩を止めると視線を下げて言う。
「敷物が落ちそうだ」
釣られて視線を落とすと、絨毯に広がる白。基、夢子が運んでいた寝床の敷物。抱えるようにしていた腕が下がっていたらしい。みっともない光景に夢子はすみません、と慌ててそれを抱え直した。
「僕に謝ることではないさ」
「いえ、これは直衛様の部屋の物でして………っそれより、何時お戻りになられたのです!」
微かに声を荒げて新城に問うと、彼の持ち前の冷静で、落ち着きなさいと宥められる。
「も、申し訳御座居ません…」
出合い頭からの自分の失態に頬を赤くして俯くと、頭に冷たい感触。そろり、またもや視線だけを上げると、そこには新城が手を延ばしていた。ということは、頭に乗るのは掌。がしがしと撫でるそれは、ぶっきらぼうながらどこか優しかった。
「つい先刻だよ。義兄さんに先ずは休んできなさい、と言われてね」
「左様ですか…ではすぐに寝室を整えに」
自分が敷物を持っていることを思い出し、もう少しお話をしたい、という乙女心を押し殺して女中の責務に戻ろうとする。軽く一礼して身体を反転させると、待ちなさい、と静かな声が。密かに期待していたその言葉が聞こえたと同時に、腰を引かれる。
「!」
「夢子、僕は君を探していた」
言っている意味が今一度解らず、夢子は止まって幾度か瞬きをした。そして何より新城に後ろから片腕で抱き留められといるという、今の状況が理解出来ない。ばくばくと鳴る心臓を抑え、真っ先に辺りをぐるりと見回し人がいないか確認をする。
「な、直衛様、この様な場所で」
距離が近づいたことによりひやり、と冷たい空気が夢子に触れる。同時に、雪の匂い。これだけで相変わらずの外の寒さが伺えた。
「君もこれから僕の部屋に行くんだろ?」
「っはい」
「もう一度言うが、僕は君を探していた。そしてその君は僕の部屋に用事がある」
「…はい」
徐々に新城の言いたいことが輪郭づいてくる。これは。
「君ならもう分かるだろう」
顔が肩口に近付き、そのとき触れた肌の冷たさに小さく身体が跳ねた。それを見てか、新城はフと鼻で笑う。
「もう……直衛様」
咎める言葉は至極小さなもので。至近を保つ新城にも聞き取れなかったらしく、ん?と返される。
「とにかく、僕の部屋で一休みしようかということだ。…これからの仕事は?」
「丁度、今のものを片したら休憩になります」
どうやら、夢子の思考は彼のそれと一致していたようだ。そして謀ったかのように仕事の休憩が入る自分の予定。嬉しいやら困惑やら、多少複雑な気分になる。
「うん、丁度良い。行こうか」
「あ、ちょっと、直衛様!」
半ば強引に引かれ数歩歩いた先に着いたのは勿論、新城の使っていた部屋の扉。
「久々に会えたんだ。もう少し触れさせてくれないか」
「!」
夢子の中の困惑の部分が一気に湧き出る。こんな幸せ、あっていいことか?全く下働きの分際で!と心の中で自分を厳しく叱咤するも、新城の元から逃げようということはしない。
「そういえば、言い忘れていたな」
「何か?」
「只今帰りました、夢子」
キィと鳴くような音が辺りに響いて戸が開かれると、流れる懐かしい彼の香りが夢子の鼻腔を擽ったのだった。
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漫画の続編出てくれないかなぁ
(080214)