血の匂いが辺りを立ち込めていた。その空気と足元に広がる死体に、戦いの場に慣れていない夢子は無意識の内に口元に手を当てる。数分前に比べて恐ろしく静かになったそこで、生があるのが自分の存在だけのような気がして焦るように辺りを見回す。まだ、あの見慣れた人の姿を見ていない。

「あかし、さん…!?」

ふと、一際目立つ大木の根元に座り込む人影を見つける。薄暗くなったそこで微かに光を受けた銀髪が瞳に映ると、夢子は我を忘れて駆けていった。


「赤石さん、赤石さん…っ」

駆け寄った夢子はそのまま地面に膝をつき、何度も何度も彼の名前を口走る。木の幹を背に崩れている二号生筆頭――赤石は己の肉体と分身でもある愛刀を血に染め、尚も荒い呼吸を続けていた。よくよく見ると傷だらけの身体。その脇腹には、彼が負った一番の刀傷が生々しく鮮血を滴らせていた。思わず、息を呑む。

「……っ、あ…!」
「心配するな…浅い傷だ」

そう言われるものの、夢子には無理なことだった。ぶわ、と様々な感情の混じった涙が堰止られていたように溢れ出す。「赤石さん、赤石さん」。汚れてしまった制服を掴みながら何度も何度も、うわ言のように名前を繰り返し呼んだ。

「…まだ死んじゃいねえ…」
「だっ、だって、こんなに傷が…」
「少し休めば…、…どうにか、なるだろう」

言いながら赤石は重い身体を、背の大木と斬岩剣を頼りに立ち上がらせる。その時、ぱたぱたと落ちた血が地面に吸い込まれた。今度は何も出来ず見ているだけの自分への苛立ちから、再び溢れた涙は、夢子の頬を伝い同じように土に吸われてゆく。やがて地を踏みしめる音が聞こえ、赤石が遠ざかる気配。

「行くぞ」
「っ…、う」
「おい……夢子」
「…はい…っ」

ほんの少し離れた位置で待つ赤石の元に駆け寄り、淡い風に揺れている制服をきゅっと握る。相変わらず涙は夢子の睫毛を濡らす一方だが気持ちが落ち着いてくるとぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

「ちゃんと手当て、っしますから…」
「ああ」
「夕飯も、赤石さんの好きなものに、します」
「ああ」
「学ランも綺麗に洗って、それから…っ…」

そこでまた言葉を詰まらせる。

「…なぜそんなに泣く」
「あっ、赤石さん、がっ…」

その後の言葉は分からなかった。しかし変わりに、制服を握る手に少しだけ力が篭った。
押し殺している嗚咽と、時折鼻を啜る音を耳にしながら赤石は「それ以上泣くな」と独り言のように呟いた。夢子の瞳は、相変わらず赤いまま。

「てめえが無事ならそれでいい」

-------
傷だらけになっても黙って女の子を守りぬく先輩って素敵じゃあないですか。
(100407)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -