乾いた、か細い音が聞こえたような気がした。伊達は歩を止める事なく疑問に思っているとそれはまた確実に聞こえる。
頁をめくる音だろうか…。しかし誰が?足先は迷う事なく、真っすぐ先の図書室へ向かっていた。

図書庫、とぶら下がった札を確認し、半分開いている戸から中へ進む。一歩踏み入ればそこは、古紙と埃の匂いに包まれていて伊達は眉を顰めた。よく見ると並ぶ本に所々蜘蛛の巣が張っている。こんな手入れもされていない書庫に誰がいるのか、ますます疑問は深まる。
漢字の羅列だらけの本棚を見上げて歩いていると、ふと視界に人影が映った。こちらには気付いていなく棚と棚の間に立ち、何かを読んでいるようだ。小柄な背丈、細い体躯に白い肌。これだけで十二分に分かる。確か虹源、と呼ばれている女だ。
再び頁をめくる音が響く。

「……貴様、何をしている?」

声を掛けると華奢な肩は波打つように跳ね上がりバサリと本をも落とした。そこで漸く伊達に向けられた瞳は驚きからか、はたまた恐怖からか、震えている。

「!あっ…、あの」

本を拾ってやろうと近付けば、虹源は距離を取るように数歩下がった。失礼な奴だとも思ったが男慣れしていない雰囲気、ましてや再入塾した自分とは初見で挨拶を交わした程度なのだから仕方ないのだろう。

「ほらよ」
「あ、ありがとう、ございます…」

目線を合わせずに、一礼。
よくよく見れば見慣れない華奢な肩、影の落ちる睫毛、透き通った声。天辺から足先まで、まるで別世界だ。どんないきさつでここに飛び込んだか知らないが男塾に関わる人間としてこいつは、虹源は、あまりに綺麗すぎやしないかと直感が訴える。見た目…もそうかもしれないが何より存在が、だ。

「なぜ貴様は、この男塾に来た?」

どうしてそんなことを、そう問われればただの興味だと答えただろう。だが虹源は何も言わずに視線を泳がせて何かを考えているようだった。否、言葉が出なかったのかもしれない。

「――伊達、そんなに夢子をいじめてやるな」
「…剣君!」

沈黙を遮ったのは意外な第三の人物。見遣れば腕組みをし、いつもの笑みを浮かべた桃が入り口の戸に寄り掛かって立っていた。人の気配に気付かない程に自分はこの虹源を気に留めていたというのか?思わず伊達から自嘲が零れる。

「召集だとよ」
「…ああ」

桃はそれだけ言うと二本の白を靡かせて姿を消した。再び、二人の空気に戻る。
召集。運がいいのか悪いのか、いや、それ以前になぜこんなことを考えているのか伊達自身分からなかった。全く気が狂うが、とりあえず今は召集が優先だ。

「悪かったな。さっきの質問は忘れてくれ」

戻ろうと踵を返す瞬間かち合った虹源の瞳には、既に先程までの怯えはなくなっていた。
背を向けて歩き出すと、躊躇いがちに一歩だけ近付く気配。けれど振り返ることはなく部屋を後にした。最後に、何かを口にしようとした虹源を残して。

それから廊下を歩いていても、どこかで虹源の事を考えている自分がいた。気になる事はたくさんあるが、中でも一番気掛かりな疑問が一つ。
…どうして桃は、あいつの事を名前で呼んでいた?


始まりは今


言いかけた言葉を確かめるついでにまた会いにいってやろうか。そんなことを、考えていた。

「惚れたか」
「あ?」
「フッフフ、競争率は高いぜ」

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女人禁制だよ!どこにヒロイン入れるんだ…てな感じですが無理矢理学校の事務員的な位置に置いてみました。
(090323)

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