「ねえ承太郎、もう行こう…?」
「てめえは黙ってろ」

がしゃん、と一際大きな物音が響く。ガラクタの山に突っ込んだらしい男は覚束ない脚で逃げようと立ち上がるが、またすぐにばたりと倒れてしまった。

「立ちな」

承太郎が蹲る男の襟元を掴み、半ば強引に引き上げる。男の形容し難い悲鳴が聞こえた直後に、再び拳を振るう音。
相手が凶悪なスタンド使いであればこうも困惑しないのだが、何せ今、承太郎が殴り倒しているのはスタンドとは無関係のただの一般人だった。


承太郎と別行動を取っていたほんの数分の間の出来事だった。道端で地図を拡げていると、いかにもといった風貌の3人組に声をかけられた。大方、旅行人目当てのスリか何かだったのだろう。今までの場合は何も関わらずに立ち去ればしつこくされることもなかったのだが、今回は少し違った。移動しようと背を向けた所で強引に腕を掴まれたのだ。それから男たちが囲うように立ちふさがるものだから、これはやむを得ないと自身のスタンドを出そうとした時、承太郎が背後からやって来て無言で私の前に立った。

「…下がってろ」

引き止めていた男の手をあっさりと引き剥がすと、承太郎と並んですうっと闘士の姿が現れる。まさかと思った次の瞬間、男の体は宙に浮いていた。
それからは口を固く結んだまま一目散に逃げようと散った男共を一人ずつ拳で片付けていった。いくら何でも一般人相手にスタンドはやり過ぎだと止めようとするも妙に落ち着いている承太郎に圧されてしまい、一方的すぎる状況をただただ眺めるばかりだった。



裏道のような薄暗い路地には見るも無残になった男たちが息も絶え絶えに転がっていた。その奥で承太郎は、辛うじて生きているような姿の男の胸倉を掴み上げている。その異様な光景を目の当たりにして、踏み出そうとした足が思わず竦む。圧倒的な力への恐怖と別人のような承太郎への戸惑い。名前を呼ぼうとする声さえ上手く出せずにいる私の前で、承太郎がまた腕を振り上げた。

「承太郎、だ、だめ!」

立ち竦む足に喝を入れ、転びそうになりながら拳を打ち込まんとする腕にしがみつく。ただならぬ状態の間に割入るのは危険だとスタンドも出して覚悟を決めていたが、必死になって腕を引いた瞬間、想像していたよりもあっさりと止めてくれたのは幸いだった。

「承太郎、もう大丈夫だから…ね、」

鋭い深緑が男を一瞥する。その冷然とした瞳を見た男が怯えた声を発すると、承太郎は興味を無くしたようにどさりと乱暴に手放した。重傷ではあるが仰向けに転がった男の胸が規則正しく上下しているのを確認し、命を奪ったわけではないのだと心の隅で安堵する。

「……悪い」

振り返った承太郎はそれまでの行動が錯覚であったかと思うほど、いつもの佇まいでそこにいた。
承太郎にしては珍しいが、ただ虫の居所が悪かっただけだろうか?この人たちを不快に思っただけ?あんなことでここまで徹底的に人を痛めつける性格だったろうか。ましてやスタンドも見えない、ただの一般人を。

「ううん。ありがとう、その…助けてくれて…」

ーー偶々だろう。旅の疲れもあることだし、ちょっと苛々していただけなんだ。承太郎だってそういう時くらいあるはずだし、あまり深く詮索するのはやめよう。思い込ませるよう自身に言い聞かせていると、不意に腕を掴まれた。驚いて咄嗟に半歩ほど下がると、確かに強い力が込められた。

「ど、どうしたの?」
「他は何もされていないな」
「あ…腕を、掴まれただけ、だよ」

頬をゆっくりと撫でる大きな掌。その親指から濡れた感覚が伝わった。
鼻を衝く鉄錆のような匂いは、あの男たちの血なのだとすぐに理解できた。

「もう離れるなよ、夢子」

金縛りにあったように動けなくなった私の後頭部を引き寄せ、承太郎は耳元で告げる。
この体に縋って良いのか、それとも腕を振りほどいて逃げるべきなのか。こんなことを考えるのは初めてだった。
何かを話さなければいけないのに、言葉が喉に張り付いたまま声にならない。

「俺から離れるな。絶対に」

呪縛にも似た言葉が鎖のように私の手足に絡まり合う。ぎりぎりと力を籠められる承太郎の腕の中で、燃えるような冷たさを感じていた。

-------
(160501)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -