エジプトの町並みに学生服という組み合わせは、とてもアンバランスだと思った。
目の前の男の前髪が温い風に泳ぎ、たおやかに揺れている。背中をじっと見つめていたからだろうか。彼は眺めていた砂の景色から振り向き、後方にいた私に顔を向けた。

「どうかした?」

この黒いサングラスは彼に似合わないと思う。こいつのおかげで私は花京院との間に見えない壁を感じるようになった。

「ねえ、これ」

医者にも診てもらったし、もう随分良くなったと花京院自身も言っていた。別に同情したいわけじゃあない。だから、と心の中で誰にあてるでもない言い訳をした後、勇気を出してサングラスのサイドフレームに触れてみる。

「…これは駄目」

冷たい無機物を僅かに引いたところで、私の手を制する。声音は幼子に言い聞かせるように優しい。
薄いレンズの奥に辛い傷が隠されているというのに、花京院はまるでなんともなかったかのように笑っている。いつもそうだった。落ち着いた口調でうまく私を躱すのが上手。こんなのは何も嬉しくないのに。

「ごめん、傷が見たいわけじゃなくて…」

花京院は目の前のことを見ているのだろうか。
ここ数日で思うことがあった。一緒に話をしていても今のように向かい合っていても、花京院は私ではないどこかを見据えているように思えて仕方がない。すぐそばにいるのに、彼の目線はどこか果ての、あらぬ場所に向けられているようだと。
この先ふと、私たちの前からいなくなってしまうようなーーそんな良からぬ思惑を払うように頭を振る。
もっと私たちのことを見てほしい。もっと私のことを、見てほしい、のに。

視線を落とした足元でぶわりと砂埃がすり抜ける。残ったのは、旅をして薄汚れてしまったローファーだけ。
ここが日本だったのなら。
綺麗に仕立てた制服とぴかぴかに磨いた靴を履いて、花京院の隣を歩いていたのだろうか。女の子らしく整えた指先で思いの丈を綴り、すべての気持ちを打ち明けることも、あるいは。
スタンドなんてなければ、私たちは普通に学校に通って、普通にクラスメイトとして出会って、普通に恋に落ちていたかもしれないのに。
どうして私はここで、彼に恋をしてしまったの。

「夢子、ごめん」

俯いたまま黙りこんでしまった私に、今度は花京院が小さく謝る。見上げなくとも、眉尻を下げて瞼を伏せ気味にした表情の彼が思い浮かぶ。

「ちゃんと見ているよ。承太郎たちのことも、もちろん、君のことも」

かさついた大きな掌が頬に触れて持ち上げられる。瞳に映るのは、似合わないサングラスを外した花京院だった。瞳を細めて笑みを浮かべる姿は以前と何ら変わっていない。

「ねえ花京院、わたし、」

指先をぎこちなく動かし、静かに傷跡を辿る。
柔らかな瞳に見守られて、やはり私はこの人がどうしようもなく好きなのだと自覚した。この気持ちだけは無かったことには出来やしまい。すべてを終えることができたのなら、きっと、その時には。


「こういうことは日本に帰ってからしたかったな」

心臓を締め付けられるような言葉を、砂塵の中に聞いた。
きつく抱き寄せられた体は暖かい。
肩越しに映るのがエジプトの風景なんて、やっぱりおかしいと思った。


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(150614)追悼
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