「動かないでね」

今までに何度この能力に助けられたことか。傷口に当てられた掌から漏れる鈍い光を見つめながら、ふと考える。
夢子は一行の紅一点でありメンバー唯一の回復役だ。回復といっても魔法か何かみてーに体力や怪我が全快するわけじゃあないが、それでもこのスタンド能力には俺を含め全員が世話になっている。

「――どう…?」
「だいぶ良くなったぜ」
「そう、良かったわ」
「…テメーはどうなんだよ」

能力を使えば使うほど肉体は疲弊していく様だが、こいつは誰かが怪我を負えばそれを省みずに行動する。――今だってそうだ。俺と花京院は軽傷だからいいと断ったものの、夢子のダメの一点張りに負けてこうして甘えることになっちまった。夢子の体に少しでも負担を掛けたくないという、恐らく花京院の野郎と合致している気遣いっつーもんがあったんだが…。旅を始めてから知ったが、こいつは時として妙な頑固さを持っている。

「心配してくれてるの?承太郎ってば優しいのね」
「……やかましい」

こいつはツライだとかイタイだとか、そういった弱音を吐かない。強い信念を持ち、時には屈強なスタンド使いに立ち向かう。――だけど本当はそこらにいる女と同じだ。フツーの女と変わらない弱さを持っていたことに気付いたのはいつだったか。傷を負うことも怖いけれど、仲間を失ってしまうんじゃあないかと考えてしまうことが何より一番怖い、と。周りが寝静まった闇夜であいつは静かに零した。
…やっぱり女ってーのはわからねえ。そう思った反面、いやそれ以上に俺はあいつを守ってやりたいと、その時から柄でもない思考が脳裏をちらつくようになった。

「……承太郎?」

覗き込む大きな瞳。この深い栗色の瞳には綺麗なものだけ映せばいいと思ってしまう俺はもう相当にイカレちまったのか。おぞましいスタンドも血に塗れていく仲間もすべて見るなと、こんなバカげた思想すら浮かび上がる。ただお前はこうやって一歩後ろで俺達を、俺を支えていりゃあいい。何も傷つかなくたって、お前は。

「いや…悪いな。助かったぜ」
「?変な承太郎」

そう言って普段と変わらない笑顔を見せる。この笑顔を守るためにも、俺は前線で敵を打ち砕く。旅が終わる頃にはきっとボロボロになってるだろうが、その時はゆっくりと夢子の能力の世話になるとしよう。日本に帰ったその先もずっと、俺の隣で笑うのはこいつであってほしい。

「じゃあ、次はーっと」

するりと夢子の手が離れていく。次にあいつが向かう先にはヤツが待っているはずだ。目で後ろ姿を追えば直線上にぶつかる――花京院の視線。瞬間何かを知っているような目線を俺に返して、やがて夢子へと穏やかな顔を向けて見せた。
女の扱いはそれなりになっている花京院だが、夢子を見る目はまた特別な感情を宿している。それはまるで、大切なものでも見つめるような。少なくとも俺にはそう映って見える。…やれやれだぜ。

要するに俺達にはあいつが必要だってことだ。きっと夢子は知る由もねえだろう。果たしてこの事実を知ったとき、お前は一体どんな顔を見せるんだ?




承太郎の元から、夢子がやってくる。
僕はそのほんの数秒の間に密かに心を躍らせる。この時彼女の大きな瞳は他の誰でもない、僕だけを映してくれるから。

離れる彼女の背を、そして僕を見る目がいつもより少しだけ鋭くなっていることに承太郎自身も気付いてはいないだろう。僕だからこそ、その鋭い視線の意味がわかる。
承太郎が夢子を映す瞳はいつもどこか穏やかで。あの承太郎がこんな表情をするのかと、僕は少し心外だった。見るというより見守るという言葉が正しいかもしれない。彼女の身に危険がないように、異変に早く気付けるように。それは、まるで――。

「花京院、傷を見せて」
「ん…頼むよ」

彼女の手が触れると体内の機能が活性化して自然と傷が塞がっていく。それと同時に精神的にも安らかな気持ちになれるのは、スタンド能力のお陰だけではないだろう。夢子本人が僕に与えてくれているものはとても大きい。自分の身を削ってまで、この手で一体何度僕を救ってくれただろうか。

「承太郎もそうだったけど…これが大したことないっていうレベルかしら」
「男っていうのはそういうものだからね」

いつの日か彼女は言っていた。大した戦力にはなれないけれど私はみんなを守りたい、と。そしてそこまでする理由は何かと問えば、みんなは大切な人達だから、と人懐っこそうな笑顔を返されたのを覚えている。仲間想いの彼女らしい返答。自分はその大切な仲間のうちの一人なんだと考えると心地良く思うと同時に、ほんの少しだけ切なくなる。僕はまだ彼女にとって「仲間」という括りの中にいるのだと。

「…よく分からないわ」
「はは、そうかもしれないな」
「怪我したんだもの。少しは私に頼ってくれたっていいじゃない」
「決して君を信頼していないわけじゃあないんだ。だからそんな顔をしないで、ね」

夢子が笑うと不思議と心が温かくなる。どこか優しい気持ちになれるような、安心するような。表情が豊かで見ていて飽きない彼女だけれど、やっぱり笑った表情が一番好きだ。わがままを言うならそれは僕だけに見せて欲しいと、そんな歪んだ想いすら持ってしまうほどに。周りを明るくする可愛らしい笑顔。その笑顔とみんなを守りたいという夢子を、僕はこの手で守りたい。

「…お願いだから、無理だけはやめてね」

そんな人だから僕は彼女に惹かれたのだろう。人を避けて生きてきた僕だけど、夢子のことは特別にもっと深く知りたいと思える存在で、何よりもそばにいたいと思う。この旅を終えた先、彼女が僕の隣でずっと微笑んでいてくれるなら…それはどんなに幸せなことだろうか。

「分かってるよ。…ありがとう、夢子」

夢子はまた、いつものように笑って見せた。それにつられて自然と僕の口元も弧を描く。
ねえ、君は知っているのかい?僕達がこんなにも、君を想っていることを。


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(110614)
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