「おはよう、露伴ちゃん」
見慣れた天井に見慣れた人間がひとり。
一瞬、なんでこいつがいるんだと寝ぼけた頭は考えるが、すぐにああ昨日はウチに泊まったのかと思い出して露伴は同じように挨拶を投げた。既に夢子は昨夜借りた部屋着から着替えていて、いまだベッドに座っている露伴にコーヒーを差し出す。
「…ン、気が利くんだな」
そう言うと夢子は嬉しそうに微笑んだ。なんだか気恥ずかしくなってカップから湯気の立つ液体を器官に流し込み、無理矢理に体を目覚めさせる。露伴がいつも仕事の合間に入れるものと同じ、少しミルクが混じった馴染みの味。
「キッチン借りて、朝食を作ろうと思ったんだけど…」
「何も入ってなかっただろ」
二人でキッチンへ向かい夢子が冷蔵庫を開けると同時に、そう露伴は言った。確かにその通り、中にはミネラルウォーターと牛乳、アルコールなどの飲料がいくつかあるだけで、食材と呼べるものが入っていない。
「締め切り間際で料理なんてしてなかったしな」
「どうしよっか。コンビニ行く?」
空になったマグカップを露伴の指からするりと取ってシンクに立つ彼女は、なぜだかとても新鮮に見えた。ぼうっとカップを洗う夢子の背中を見つめていれば「もしかしてお腹空いてない?」と振り向かれ、咄嗟にさまよう視線。
「…いや、カフェにでも行くか。時間もあるし」
「ほんと!」
カフェでのんびり朝食なんて素敵だね、と夢子はるんるんで身支度を整えはじめる。まるで子供だな。露伴は密かに思いながら洗面所に向かった。
「――今日は少し暑いくらいだな。おい夢子、その上着はいらないと思うぜ」
玄関を出ると眩しいほどの朝日と生暖かな空気が二人を包み込んだ。ついこの間桜が咲いたと思ったのに、季節はもう夏に近づいているらしい。
「露伴ちゃん、バイク?」
「徒歩でいいだろ…ほら」
夢子の手を引っ張り、絨毯のように広がる桜道を歩いていく。時折、青葉を揺らす穏やかな風が二人の間をすり抜けていった。
「メニュー決めるの遅いんだから今のうちに考えておけよ」
「んん、何にしようかなぁ…露伴ちゃんは決めた?」
こういう一日の始まりも悪くない。口には出さずに、けれども二人はそれぞれに感じていた。
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デレ露伴
(110424)