恋が一歩進んだとき(10 / 30)

簡単に諦められる想いなんて、恋じゃない。

苦しくたって私は直人さんが好き。

残り5分でまかないを胃に流し込んで更衣室でグロスを塗り直す。

泣いてちょっとだけ目と鼻が赤くなっているのを誤魔化すようにファンデーションを塗り直した。

頬にピンクのチークを塗ってニッコリ微笑むとフロアに戻った。

彼女は、直人さんを見つめていて…

負けてたまるか!と気合を入れ直す。

直人さんと絡む時間もないくらいに慌ただしく時間は過ぎていく。

あっという間にシフトアウトの時間を迎えた。

いつもならお客が全員帰るまでいる直人さんも、今日は彼女が待ってるからだろうか、すぐに更衣室に入って行った。

私だって外に臣ちゃんを待たせている。

だけど悔しくて、先に更衣室から出た私は、さっきの直人さんみたいに壁に背をつけて待っていた。

パタンとドアが開いて直人さんが出てくると、私を見て大きく目を見開いた。


「あ、ゆきみちゃん…」


私にちゃんと足を止めてくれる直人さんが悔しいけどすごく嬉しい。

先手必勝、直人さんに一歩近づいて口を開いた。


「…彼女、ですか?」


恐る恐る聞いた私を見おろす直人さんは、ホッとしたように口端を緩めた。


「違うよ」

「えっ!?ち、違うんですか?」

「まぁ、うん。違う…」


な、なんだ。そうなんだ。

途端に胸の奥がうずうずとする。

顔に思いっきり出ていたのか、私を見て眉毛を下げた直人さんはクスクスと笑った。


「それで泣いたの?」

「…泣いてません」

「ほんと?」


視界を塞がれるように直人さんしか見えなくて。

指で私の頬をスッとなぞった。

さっきは触れられて嫌悪感が走ったというのに、今はもっと触れて欲しいと思っているなんて…

彼女じゃないって分かった途端に胸がドキドキしている自分がいる。


「…直人さんずるい…」


なんて答えたらいいのか分からなくて、すでに泣きそうで。

困る私を見て直人さんは余計に嬉しそうにしている。


「可愛い…」


小さく噛み締めるようにそう呟いた直人さんは、フッと微笑んで一歩私に近寄った。

直人さんに近づかれてドクンと胸がざわつく。

ゆっくり近づく直人さんのパンツのポケットでブーっとバイブ音が鳴る。

ハッとして苦笑いを零した直人さん。

ふーっと息を吐いて眉毛を下げた。

私の肩を押してドアの方へ誘導する。


「ごめん時間だ。行かなきゃ俺。けど…」


ドアノブを後ろから掴む直人さんが真後ろにいる。

肩に直人さんの顎が乗っかってドアとの間に私を挟む。


「月曜の夜、空いてる?」

「え…」

「デートしよう?」

「え、デート?」

「うん。イヤ?」

「嫌じゃないです、」

「約束な」


直人さんの声と、ほんの一瞬後ろからギュッとされる。

尋常じゃないくらいの心音と、直人さんの温もりにコクッと頷くと、直人さんがドアノブを回して私を先に出してくれた。

ポンッと肩を叩くと「あんま登坂に抱きしめられんなよ?」低い直人さんの声に笑顔すら生まれる。

さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、心の中が浮ついていたなんて。

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