かっこいい大人の男は、ラブホなんて使わないってことを知った。
思えば疑問はたくさんあった。
でも何一つ気付かなかった。
テツと同じ時を過ごすことが、あたしの生活の大半を占めるようになったのは、初めて抱かれた雨の夜から3ヶ月が過ぎた頃だった。
社内寮に一応申請を出さなくてはいけないため、そうそうお泊りなんてできるものでもなかった。
たった数時間の逢瀬でも、テツは絶対にあたしをラブホには連れていかず、むしろデパートと併用しているホテルをよく利用しているらしく、そこにあたしを連れていったんだ。
シフトが出たらすぐにLINEで伝えて、逢える時はどんなに短い時間でも逢ってくれるテツ。
同級生と付き合うことの多かったあたしが、初めて知る大人の世界に酔いしれていたのかもしれない。
「お疲れちゃーん」
そう言ってグラスを重なり合わせる。
毎月お店の売上が目標額を達成するとみんなで飲みに行くシステムで、今月も無事に売り上げ達成したお祝いにもテツはよく参加するようになって。
今日はバイヤー会議も近くで執り行われていた関係でか、色んな部署のバイヤーさん達も近くのテーブルで声をあげて飲んでいた。
「あれ?美月?」
「え?あ、岩田も?」
「うん、そうそう売上達成の、そっちもなんだ?」
「うん、順調に今月もね〜」
「へぇ〜。頑張ってんじゃん」
ポスっと岩田の手があたしの髪に触れた。
同期の岩田剛典、まさかのポールスミスに配属されたエリート。
二年目でブランドに配属されるのって結構すごいエリート街道なわけで。
こいつ、研修の成績も確かトップクラスだったよな…。
何だか雲の上の存在に見えた。
「今度飲もうよ、一緒に!臣と隆二も美月に逢いたがってたよ?」
「ふうん。えっ!?そうなの?」
ボケっと聞き流していたのは視線をテツに奪われているから。
「…お前まさかとは思うけど
「あ、いたいた哲也!やっと見つけたよ〜」
聞こえた声があまりに大きかったから思わず岩田も言葉を止めた。
視線の先には黒髪で長身の色黒の男性がいて、テツと肩を組んで仲良さげに話している。
「あ、何だっけ?」
だからあたしも岩田に視線を戻すと「ああ…」って言葉を続けようと口を開いた。
「あの人はやめた方がいい…」
「そういや、凜花ちゃん元気か?」
…え?
「あ、ごめんなに?」
また声がダブってどっちの声もよく聞こえなくて。
だけど一瞬だけテツの視線があたしを捕らえた、ちょっとだけ焦ったような顔で。
つぎの瞬間岩田に腕を引っ張られて…「ちょっと…」この場から連れて行かれそうになった。
「ちょっとなに?どこ行く気?」
抵抗しつつもあたし達はテツの真後ろまで行って…
「良平、あのさ…」
焦ったテツの声の後、隣の人が言った言葉に時が止まった――――
「哲也の奥さんすっげぇ美人なの。凛花ちゃんもう3歳だっけ?俺達同級生だったから哲也の過去は全部知ってるんだよね〜。浮気してないだろうな、哲也!」
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