「ゆき乃?」
すぐに気付いたのは敬浩だった。
わたしの方に寄ってきて「お前大丈夫なの?」腕を掴まれた。
「大丈夫じゃない、死にそう。でも今はそれどころじゃない。ねぇ美月、どんなだった?」
「あーなんかもう、ずっと泣いてた。話せもしねぇし、目の焦点もあってねぇし、ヤバイよ。登坂ッチ早退させようと思って。さすがに俺も心配。一人にしたら何するか分かんねぇぐらい…」
いつもふざけてる敬浩が言うからよっぽどだよね。
「臣には哲也くんのことは言わないでね?」
「分かってる。お前本当に大丈夫!?すげぇ目腫れて不細工だよ?」
敬浩に言われて仕方なくわたしはポケットに入れていたsevenのサングラスをかけた。
直人になんでも好きなのやる!って言われて、このサングラスを貰った。
それを見て口端を緩める敬浩。
「なに?直人くん?ヤッちゃった?手出されちゃった?」
「ばーか。言わないよ!でも、美月と一緒にいてくれてありがと!」
「お礼は身体で払えよ!」
「嫌よ。わたしのこと好きじゃない男とは絶対にヤラない…」
冷めた顔でそう言うと、敬浩がふわりと抱き寄せる。
「好きだよゆき乃。ちゃんと愛してる。だからもっと俺らを頼れよな…」
「ばか…」
敬浩の腕の中から出て、泣きそうな顔を伏せる。
そのまま奥にいた臣の所に移動する。
「ゆき乃さん、どしたの?」
「臣…お願いがあって」
「なに?」
雑誌を見ながら指でカットの練習をしている臣の隣に座る。
「美月、ちょっと病んでて。胃潰瘍ってぐらい吐いちゃってて。たぶん何も食べれてないし、しばらく様子見てて欲しいの。わたしもえみもどうしても抜け出せない用事があって。敬浩に話はつけてあるから今すぐ行ってあげて?」
鍵を臣に差し出すとジッとわたしを見つめる。
「病んでるって?吐くぐらいのこと、あったの?」
「そーいうの何も聞かないで、看病だけお願いできない?」
「…分かったよ、あんま乗り気じゃねぇけど。つーかやっぱり店長もえみさんもなんか隠してんじゃん!」
ほんの少しイラついてる臣の手を握る。
世の中には知らなくてもいいことも沢山ある。
恋になろうとしている蕾をわたし達が勝手に摘むことは許されない。
せめて臣は、そーいう目で美月を見ないで欲しいの、ごめんね。
「分かってて臣に頼みにきたの。わたし達の我儘。でも美月を救えるの、臣しかいないと思ってる…」
「…ますます気になるんだけど…」
そう言った臣は、わたしの頬をさらりと指で撫でて横目で見つめて続けた。
「ゆき乃さんも大丈夫なの?」
「え?」
「泣いたんでしょ?」
慌ててサングラスをクイッてあげるけど特に下がってもなくて。
「あんま心配させんなよな?」
ポンポンって軽く背中を叩いた臣は、「んじゃ行くわ」わたしから鍵を奪うと敬浩の方に行って二言、三言話すとわたしに軽く手をあげて美容室から出て行った。
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