珈琲カップを持ってリビングに移動する。
「はい美月ちゃん」
珈琲が飲めない美月ちゃんには甘ったるい紅茶を出した。
「ありがとうございます…」
手にとって一口飲むと、テーブルにカップを戻した。
「それで、何があったのか、何を見たのか、ちゃんと説明して。大丈夫、敬浩は私が困るようなことはしない奴だから、私の為に絶対口を割らないから!」
敬浩と直人くんは美月ちゃんと哲也くんのこと知らなかったけど、ゆき乃のこともあったし、同期の私達が知ってる方がいいって思って。
「まぁそーいうことだ」
否定もしない敬浩に、岩ちゃんが小さく舌打ちしたのが聞こえた。
美月ちゃんはコクッと頷いてスーパーでMOAIの店長に会ったことから全て丁寧に話してくれたんだ。
聞いていながらどこか昔の自分にも重ねあわせてしまう部分すらあった。
好きな人が、自分以外の人を見て優しく微笑んでいる姿ほど見たくないもんはないと。
美月ちゃん、辛いね。
でもそれが現実。
大丈夫、どんなに倒れても一緒に立ち上がってあげるから、だから許してね。
「敬浩。一年セックスできなくなったらどーする?」
「はっ?なんの話?」
「いいから」
「そりゃ困る。とりあえず処理はしねぇと大変だからなぁ」
思いの外真面目に答える敬浩にちょっとウケた。
岩ちゃんは黙って私の出方を見ている。
「哲也くんの奥さん、まだ目立たないけど妊娠してる。美月ちゃん、目覚まそう?」
私の言葉に俯いていた美月ちゃんが顔をあげた。
信じらんない!って顔で。
小首を傾げて不安気に言うんだ。
「え?えみ先輩…?」
「遊びよ、美月ちゃんのことは」
「嘘っ!だって赤ちゃんいるのに飛行機なんて乗るわけないっ!テツはあたしのこと好きだって、愛してるって、えみ先輩言ったじゃん、応援する!って、言ってくれたじゃないですかああああーっ…」
ゆき乃に続く悲鳴みたいな美月ちゃんの泣き声に、グッと喉の奥を閉めた。
苦しい今にわざわざドン底に落とす必要ある?
こんな酷なこと、する意味ある?
迷いそうになった私の背中に岩ちゃんの手が触れた。
ポンッて一つ背中を押してくれる。
ダメだ弱気は。
これじゃ美月ちゃんを救えない。
「好きとか愛してるって言葉は、誰でも言えるの。本当に好きで愛してるっていうのは、言葉じゃなくて心で感じるものよ。一緒にいて抱かれることだけが幸せだと思っちゃダメ。哲也くんと美月に未来はある?ちゃんと考えなさいっ!目逸らさないで、ちゃんと!あの奥さんと子供捨てて美月ちゃんを受け止める覚悟が哲也くんにあるって、100%言えるのっ!?」
「えみ先輩やめて…聞きたくない…酷いよえみ先輩、テツのこと悪く言わないで。あたしが大大大好きなだけだもんっ!」
美月ちゃんが立ち上がって部屋に走っていく。
「敬浩追って、一人にしないで!お願いっ!」
私の言葉に慌てて追いかける敬浩は、無理やり美月ちゃんの部屋に一緒に入った。
泣き叫ぶゆき乃と、美月ちゃん。
ねぇ、私達の幸せって、どこにあるのよ?
誰か、教えてよ。
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