「あ、美月ちゃんお帰り!遅かったわね?残業?」
何となくMOAIで飲む気にもなれずにそのままシェアハウスに帰ってきた。
リビングルームでえみ先輩がイブニングドレスを着ていて……
「ただいまです。って、えみ先輩めっちゃ綺麗!何事ですか?」
「あーポールスミスの感謝祭に岩ちゃんのパートナーで出るから衣装合わせ!どうかな?」
クルリと反転するえみ先輩は本当に綺麗で。
単純に憧れる。
女としての行き着く場所といえばいいのだろうか。
あたしもあんな色気ほしいよ!
「すっごい綺麗です、いやもうほんとに!」
「当たり前だろ、俺の相手なんだから」
「げ、いたの?」
トイレから当たり前の顔をして出てくる岩田に若干えみ先輩を取られた気分でイラッとした。
「ゆき乃先輩はまだですか?」
「んー。MOAIかなぁ…。私と岩ちゃん先に出てきたから…」
「あの、大丈夫でしょうか、ゆき乃先輩。今市隆二くんの発言で色んな人から嫌なこと言われてるようで…」
さっきのエレベーターを思い出すと胸が痛い。
黒沢さんは、あんなこと言ったゆき乃先輩に「じゃあ今週末開けといて?」そう言ったんだ。
デートの約束に嬉しそうな顔をしたゆき乃先輩。
あんなくだらない奴らの言うことよりもゆき乃先輩を信じた黒沢さんは正しいけど、あたしはやっぱり片岡さんの想いに気づいて貰いたい。
「まぁ、今に始まったことではないけど。可愛いゆき乃を僻む子は正直いたから今までもね。隆二や健二郎に本気な子は特に、ね…」
「俺も見たかったなー隆二が焦った姿。なんで健二郎さん相手に焦ったんだろ?いつもは冷静なのに…ね?」
えみ先輩のスリットから見え隠れする太股をいやらしく撫でながらも、その場を楽しんでいる岩田。
触られることなんて慣れっこのえみ先輩は、椅子に座って開いた岩田の足の間にたって、そのサラサラの髪を上から優しく撫でている。
「……本気、だからじゃないのかな?ゆき乃がじゃなくて、健二郎が本気でゆき乃を好きだから、いつかどこかで靡くかもしれないって…。たぶん良平くんに対しての焦りはさほどないように思える。…もしかしたら隆二はゆき乃の心の奥底を見ているのかもしれない」
「心の奥底?ですか?」
「ん。あの子あー見えて自分のことってあまり人に話したがらないから私も勝手な予想だけど…」
心の奥底に黒沢さん以外がいるってこと?
さすがに山下さんじゃないとは思うけど……
「片岡さんのことですか?」
あたしがそう聞くとえみ先輩の目が大きく見開いた。
ちょっと吃驚した顔であたしを見つめるえみ先輩に、内心ドキドキする。
「あら美月ちゃん、意外と分かってるのね?」
そう言ったえみ先輩はちょっと嬉しそうで。
だけど、岩田の頬に触れる手つきはやばいぐらいセクシー。
「あの、聞きました片岡さんに。だからじゃないですけど、あたしゆき乃先輩の相手は絶対片岡さんがいいって思ってます…あんなにゆき乃先輩を大事に想ってるのは、片岡さん以外いないと思います…」
あんな想い聞いたら届いて欲しいと思わずにはいられない。
同期のえみ先輩は、あたしなんかよりもずっとそう思っているのかもしれない。
「直人さん?あの人やっぱりゆき乃さんのこと好きなんだ、なるほどね」
今の会話で全てを察した岩田はある意味周りをよく見ている奴で。
何も気づかなかったトサカよりきっと頭がいい。
「不器用すぎんな、直人さん。けど俺も、直人さんならゆき乃さんのこと受け止められるって思えるかも。今のゆき乃さん全部受け止められる人なんて直人さん以外にいないんじゃない?逆に。隆二がどこまでの想いかのが俺、分かんねぇーわ」
「色々あったのよ。直人くんとゆき乃は彼女が嫉妬するくらい仲良かったから、あの頃のゆき乃なら素直に直人くんのこと好きだ!って言ってたかもしれないけど。自分の気持ちも全部押し殺すぐらい当時の直人くんの彼女に嫌がらせされてたから。直人には言わないでって、ゆき乃なりに直人くんのこと守ってたんじゃないかな。だけど我慢も限界を超えちゃうとどーでもよくなっちゃって。ゆき乃をあーしたのは直人くんであるがゆえに私、ゆき乃を元に戻すことができるのも、直人くんしかいないって思ってるの。でもそーいう根回し嫌う子だからゆき乃は、あえて何もしてないけど。何か悲しいよね、ほんのちょっとのズレで、こんなにも未来が変わっちゃうなんて……」
大人なえみ先輩も、ゆき乃先輩と同じぐらい悲しいズレを体験しての言葉なんじゃないかと思えた。
「結婚願望強いのよ、ゆき乃って。全く見えないかもしれないけど。誰だって生まれてきたからには幸せだと思える道を歩みたいわよね…」
額にしまっておきたいような、えみ先輩の言葉に胸の奥がジーンとした。
あたしとテツの行き着く場所に幸せはあるのだろうか?
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