「良平くんっ!」
ちょうどスタッフ専用の喫煙ルームで煙草を吸っている良平くんを見つけて駆け寄って行く。
珈琲片手に手を上げてニッコリ微笑む良平くんに自然と心拍数があがる。
「ゆき乃さん!お疲れ様です」
「片岡に良平くん来てるって聞いて探しちゃった!…迷惑だった?」
「全然!むしろ嬉しい。俺もゆき乃さんに会えて」
色黒で一見怖そうに見えるけど、フワって目を細めて笑うとすごく優しい顔になる良平くん。
わたしに微笑んでいるその顔が、たまらなく好き。
「何がいい?」
財布からコインを取り出して自販の中に入れてから振り返ってわたしに聞いてくれて。
自分でボタンを押してもいいけど、あえて背の高い良平くんに上のボタンを押して貰いたい。
「ピーチ」
「了解!…って、可愛いね飲み物も」
「え?子供だと思った?」
「まさか!はい」
ガコンと落ちたピーチの缶をわたしに渡してくれる。
だけどそれを受け取らずに「開けて」そう言うとクスっと微笑んで「喜んで」缶の蓋を軽く開けてからもう一度わたしに差し出した。
「ありがとう」
ゴクリと飲むと、乾いた喉を潤す水が身体全部を潤していくようで。
目の前で煙草を吸う良平くんを見上げてニコっと微笑んだ。
「今日はもう終わり?」
「うん。今夜は女子会なの!」
「あ〜そっか、原田さんだっけ?」
「そう!哲也くんとこのね」
「結構目かけてるっぽいよなぁ哲也…」
まぁ知るはずないよね、美月と哲也くんの関係。
「可愛いからね、美月!哲也くんお気に入りなんじゃない?良平くんもいるの…?お気に入りの子…」
「え?」
「気に入ってる女の子…」
いたらやだ!
そんなの聞きたくない!
そう思ったけど、聞かずにはいられなくて。
ちょっとだけ考えるような仕草をしてからポスっとわたしの頭に手を乗せた。
「いないって、そんな子。一応真面目に仕事してるし、哲也だって愛妻家だから大丈夫だろ!」
「愛妻家ねぇ〜…」
「そう。来週イタリア行くって言ってて。仕事のついでに家族でのんびりしてくるらしいよ」
「え…そうな、の?」
さっきの美月と哲也くんを思い出す。
アイツ、家族連れて行くなんて匂わせなかったくせに。
何かちょっとムカツく。
ムスっとしていたのか良平くんが「あれ?何か怒ってる?」わたしを覗き込む。
「え、あ、うううん。ねぇ良平くんは?彼女とかいないの?」
「ははそんなモテねぇーって俺」
「モテてるよ、わたしには」
ジっと見つめあげる先の良平くんはほんの少し動揺した顔で。
見かけによらず意外とピュアなのかな?なんて軽く思った。
女慣れしてそうにも見えなくもないけど。
「俺遊び対象ってこと?」
え?何で?
今の今まで良平くんに逢って幸せな気分だったのに、一気に突き落された。
「え?遊び?」
「あ、ごめんね。この仕事してると結構色んな噂が耳に入ってきて…」
「わたしが遊びで男と付き合ってるって?」
良平くんの表情が困ったように曇った。
りゅーじのこと?
別に誰にどう思われても構わないけど…―――良平くんにだけはそういう目で見られたくなかったじゃん。
「ゆき乃さん?ごめん俺、女性の対応の仕方って昔からいまいち分かんなくて…」
背伸びをして良平くんの頬に手を添える。
「噂よりもわたしのことを見て…。わたしは良平くんのこともっと知りたい…」
ゴクっと唾を飲み込む良平くんからスッと離れた。
「ゆき乃さん…」
「次は二人でご飯行きたい。誘って?」
「分かった。噂は聞かない。俺も…―――知りたいよ、キミのこと」
春はすぐそこかも!
美月と哲也くんのことも、片岡に感じたトキメキも、全部が吹っ飛んだ瞬間だった。
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