犬猿の仲3


【side ゆき乃】




「ね、わたし化粧落ちてない?髪も帽子のあとついてない?ねぇ大丈夫?」

「いつもと変わんねぇよ」

「ちょっと、ちゃんと見て!わたしのことぉ、もっとちゃんと見てよ」



先を急ぐ片岡の腕を引っ張って止めた。

せっかく良平くんに逢うのに、完璧な自分以外見せたくない。

そういう乙女心をこのチビは分かってないんだろうな、たく。

呆れ顔ででかでかと溜息をついた片岡。

冷めた目でわたしを上から下まで舐めるように見ると「問題ねぇ」一言呟いた。

だからちょっと嬉しくて「ほんとぉ?」下から覗き込むように聞く。



「ああ。いつも通りブスだから安心しろよ」

「はあ―――!?」



大声を出すわたしをフンって鼻で笑うんだ。

頭きた!

マジなにこいつ!



「りゅーじにチクる」

「どうぞどうぞ」

「りゅーじ、元ヤンだったのよ?」

「それどう見てもお前だろ!」

「…な!ち、違うわよ。わたしはすごいピュアで真面目な子だったんだから」

「どーでもいいよ、お前の過去なんて。それより腕、離せって。勘違いされたら困る」



腹たつ。

いつだって片岡はわたしに厳しい。

えみや他の子にはいい顔してんのに、わたしだけ目の敵にしてるんだから。

腹たつからあえてグっと片岡の腕に巻きついた。

ギョっとした顔でわたしを見下ろす。



「聞こえなかったの?腕、離せって…」

「イヤよ!離したくないっ!!」



ギュウって抱きついてそう言ってやったんだ。



「な、お前、馬鹿じゃねぇのっ!?」



そう言った片岡は物凄い勢いで顔が真っ赤になっていって…

―――もしかして、照れた?


初めての反応に、胸の奥がキュンと鳴った気がしたなんて。




「…片岡?」



わたしの呼びかけに顔を背けて無視する。

やっぱり照れてるの?



「顔、真っ赤だよ?」

「うるせぇな、別にお前のせいじゃねぇよ!」

「ふうん。いいけど。でも良平くんの情報くれたから、たまにはお礼にキスでもしてあげようか?」



ちょっとからかうつもりだった。

いつも動揺一つしないからちょっとだけからかってやろうって。

横から腕を掴んで覗き込むとまだ耳まで真っ赤な顔の片岡。

わたしの言葉が聞こえてなかったのか、固まっていて。

ゆっくりと近づいていくと、ハッとしたようにわたしを抱き寄せるようにクルリと回って後ろ壁にドンっと手をついた。

まさかの壁ドンにわたしの髪がふわりと揺れる。

ド真剣な顔でわたしを見つめる片岡に、この状況にドキンと心臓が脈打つ。

え、マジですんの?

壁に置かれた手がゆっくりとわたしの頬を掠めて…

近づく顔にそっと目を閉じた瞬間…―――「バーカ、するわけねぇだろ!」ペコンっとデコピンをされた。

瞬きを繰り返すわたしにその場で爆笑する片岡。



「もっと大事にしろよな、バーカ」



そう言うと片岡はスタッフ専用通りから表のフロアへと歩いて行ったんだ。




「なによ、バカバカ言って…」



初めて見た、あんな真剣な顔。

ちょっとだけ悔しさともどかしさが胸の奥をくすぐっているような不思議な感覚だったんだ。



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