「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
いつも通りいつも通り笑顔で。
そんなことを呪文みたいに唱えているのはまさかの先輩2人がここにいるから。
一時間早くあがったのか、まだシフトが残っているあたしの靴屋に揃ってこられて無駄に緊張しているわけで。
「あ、これ可愛い!そういえばマツ先輩の靴屋物色するの初めてかもね!」
「そうかも!見落としてた?私達。結構品揃えいいね。私もこれとか気になる」
「うんうん、えみっぽい!たかぼーにオネダリすれば?」
「えー敬浩見返り激しいからなー。あ、値引き交渉しようかね?」
「それがいい!」
クルリと振り返ると「「すいませーん!」」先輩2人の声が揃ってあたしを呼んだ。
すいませんけど、すっごくやりづらいっす!
「はい」
「ね、これいくらまで下がる?」
日本のこのデパートの中で値引き交渉されたのとか初めてなんだけど。
え、値引きなんてありなの?
そんなのマニュアルに入ってないよね。
店長!どこ行ったの?煙草?肺ガンになるよ、そんなに吸ってると!
当たり前に心の声は届かない。
「あの当店は値引きはしておりません」
意を決してそう言うと、ゆき乃先輩とえみ先輩が目をパチくりさせて首を傾げる。
まるで「え?なんで?」って続きそうなその表情。
「マツ先輩は?」
「え、あ、今席を外してまして…」
「美月ー。商売繁盛は臨機応変が大事よ!これ5000円引きして!」
ゆき乃先輩が3万5千円のヒールを指さして堂々と叫ぶとパコンっとその後頭部を叩かれて。
「いったぁっ!!誰よっ!?」
振り返った先、呆れた顔の片岡さんが腕組みして立ってた。
途端に物凄い形相に変わるゆき乃先輩。
「なんか用?チビ!」
舌打ちしそうな勢いでゆき乃先輩が片岡さんを睨んだ。
「労災出して貰わないと、片岡に叩かれて頭が悪くなったらどーすんのよ」
「それ以上悪くなんねぇから安心しろよ。……黒沢、来てんぞ、今…それだけだよ」
「えっ!?ほんとっ!?」
「ああっ」
「やだ直ちゃん、大好きっ!」
180度態度が変わったゆき乃先輩は、片岡さんの呼び方すら直ちゃんになっていて。
あんだけ嫌がって見えたゆき乃先輩の腕はいとも簡単に片岡さんの腕に絡みつく。
「ちょっと良平くんの顔みてくる!」
「いってらっしゃい」
優しく手を振るえみ先輩。
あたしはペコっと頭を下げた。
「片岡さん、優しいですね」
「そうね」
どうしてかえみ先輩の声が物凄く切なく聞こえた。
まだまだ知らないことのが多いあたし達。
いつかは色んなことを語り合える中になるのだろうか…。
学生のころと違って社会に出てからの友達作りが思いの外難しいことを知った。
年齢も出身も違う人間が同じシェアハウスで過ごすことに、あたしは運命を感じたい。
みんなが幸せであって欲しいと思うんだ。
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