彼の秘密2


…奥さん?

リンカちゃん?


…だって、嘘でしょ。

いつだってテツはあたしの都合に合わせてくれていた。



「ちょっとちょっと、俺の美月ちゃんどこ連れてくの?」



松本さんがあたしと岩田に気づいて声をかけられた。

さすがに岩田も止まったけど、場所が悪すぎ。



「すいません、こいつに大事な話があるんで、5分だけ二人っきりになってもいいっすか?」



何故か威圧的に言う相手は松本さんなのに、岩田の視線はテツを見ているようで…



「おっ、告白か!?よかったな、美月ちゃん!」



酔っぱらってる松本さんがあたしをバシンって叩く。

だけど、テツはあたしに何も言わない。




「…あのあたし、松本さんの下に配属された原田です。初めまして…」



悔しいから長身男にそう挨拶をした。



「あ、キミが原田さんか。初めまして、バイヤーの黒沢です。哲也とは腐れ縁なんだ。こいつ顔だけはいいから結婚しててもモテるの、ムカツクよね!俺服専門だけどどうぞ宜しくね?」

「…はい」



思った以上に冷静な自分に吃驚した。

思えば寮暮らしのあたしが部屋に呼べないのは当たり前だけど、テツの家に行ったことなんか一度もなかった。



「行くぞ、美月」



岩田に腕を掴まれて外に出る。



「バイヤー土田妻子持ちで有名だよ、知らなかったのかよ…」

「知るわけないじゃん…」

「やめとけよ、好きになるだけ無駄だって…」



岩田に言われたけど…



「もう遅いよ…」

「…え?」



目の前の岩田の目つきが変わった。

真剣さはそのままで、ちょっとだけ怖いくらい。

確かに知らなかった。

疑いもしなかった。

テツが結婚していたなんて。



「…え、遅いってなに?」

「遅いは、遅い…―――」

「分かるように説明しろよ」



困惑しているのはあたしも同じはずなのに…

岩田の手が伸びてきてあたしを捕まえる。



「美月には手出さないよ、俺。お前は友達だから…」



来るもの拒まずって噂を聞いたことがある。

確かにかっこいいし、エリートだし、申し分ないって思う。



「あたしだってお断りだよ」

「じゃあこれはただの友情…」



そう言って岩田があたしを抱きしめた。

テツとは違うその温もりに、よく分からない涙が出てくる。



「忘れろ、土田のことなんて」

「…無理だよ、もう好きになってるし、愛も貰ってる…――うう、くっそぉっ…」




その後は声にならなかった。

妻子持ちを隠したテツもズルイけど…――それが分かった今も、別れようって思えないあたしはダメなんだろうか…。

不倫なんて柄じゃないし、万が一親友がしていたとしたら間違いなく止めに入るだろう。

でも理屈じゃない。

悔しいし、いけないことだって思う。

別れなきゃ!って理性もあるにはある。

でもテツのあたしを呼ぶ声も指も唇も、温もり全部があたしに残っていて、どうしようもない。



「くそったれ!」



岩田の声が遠くで聞こえた。

もう戻れないって腹をくくることもできない。

どうしたらいいのかなんて当たり前に分からなかった。



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