――雨が好きになったのは、テツのお陰。
「すっごい雨、大丈夫?濡れてない?」
土田さんと連絡を取り合う仲になっていた。
グレーがかった日々が明るいピンク色に変わっていくのが手に取るように分かっていた。
見る景色全てが奇麗で鮮やかで。
一緒にいるだけで幸せな気分になれる人だった。
マメな性格なんだろうけど、毎日ちゃんとLINEをくれて。
受け持ってる担当店舗はうちだけじゃなく沢山あるんだろうけど、自惚れなのかうちのお店に頻繁に顔を出してくれている気もする。
まだ食事には行っていない。
だけど今朝のLINEで「今夜」って誘われて、すんなりOKしたのは毎日のLINEがあるからだと思う。
最初は警戒していたあたしの心を一日づつゆっくりと溶かしていっている気がする。
あの腕に抱きしめられたら死んでもいい…
日に日に、そう思う気持ちがあたしの中でどんどん募っていったんだ。
―――そうして迎えた今夜。
美味しいフレンチのお店から出ると外はバケツをひっくり返したような大雨だった。
お店を出たところで立ち止まるあたし達の前、お店に入ってこようとした人とぶつかって、土田さんがよろけたあたしを抱き寄せた。
「すみません」
慌てて顔を上げると…「美月…」聞きなれたはずの声だった。
でもあたしの五感は忘れかけていて…
「健…」
元カレだった。
話し合って別れを選んだ健。
もう新しい女いるのかよ。
健の腕に絡みついているのは見た感じあたしよりも若い子で。
「誰?もしかしてしつこかった元カノ?」
…しつこかった?
彼女の言葉に苦笑いの健。
イライラする。
上から下まで舐めるようにあたしを見下した後「よかったね、別れられて…」そう言うんだ。
一気に惨めな気持ちになった。
結構本気で好きだったんだけど、あたし。
そりゃ健は顔もイケメンだからモテたし、でも幸せな時だってたくさんあったのに…
全部台無し。
「あ、初めまして。美月と交流のある方ですか?じつは僕達来月結婚することになりまして、よかったらお呼びしてもよろしいですか?」
あたしの肩を抱く土田さんは誰だか知らないけど、大手取締役の名刺をスッと差し出してそれを健達に見せた。
「いや、結構です!」
きっぱりそう言ってあたしを一瞥するとお店に入って行った。
自分より上の存在に苦虫をつぶしたような顔で…
「プッ、ザマーミロ。あの、ありがとうございます…」
「いいえ。少しは役に立てた?」
「はい!めちゃくちゃすっきりしました!ありがとうござい…――
目の前に土田さんの顔があって、睫毛があたしの頬をほんの一瞬掠めた。
持っていた折りたたみ傘が手から剥がれ落ちていく。
瞬きを数回しても終わらないキスに、そっと目を閉じて土田さんのスーツをギュっと握る。
「美月…今日は帰さない…」
口説き文句かもしれない。
こうやって色んな子に手出しているのかもしれない。
だけどそれでもいいって思う。
認めざるを得ない…―――「哲也さん…好き…――」びしょ濡れの雨すら気にならないくらい、このキスが大事だと思ったんだ。
[ - 16 - ]