その後すぐに土田さんは松本さんとお店の隅で話し込んでいて。
あたしはあたしでお客様が入ってきたので接客に対応する。
それでも全神経は土田さんに集中していて。
ちょっと楽しそうに笑っている顔、何やら真剣に話している顔、全てが気になってしまうんだ。
やばいよ、これ。
そう思ったけれど、やばいって思ってる自分が信じられなくて。
一目惚れなんてするタイプじゃない。
でも、目が離せない…―――
「原田さん、今度飯でも行かない?」
「…は?」
「見立てて貰ったお礼に奢るよ。お店のことも色々聞きたいし!」
胸の奥で警告音を出している。
いっちゃダメ!って。
仕事で絡むだけにしろ!って。
プライベートに一歩でも踏みこんだら、戻れないんじゃないかって思えた。
「………」
だから何も答えられなくて。
喉まで「はい」ってあがってきているのに、ほんの少しの理性があたしを止めている。
そもそもこんな素敵な人に恋人がいないはずない。
好きになっても無駄だって…
「彼氏と別れたばっかなんだって?俺が慰めてあげようか?」
腰に手を添えられて耳元でそんな囁き。
柑橘系の爽やかな香りは土田さんによく合っていて…
見れば見るほど、完璧だった。
「だ、大丈夫です!あたし仕事に生きるって決めたので」
「勿体ない、原田さんまだ若いんだからもっと人生を楽しまないと」
「いいんです!」
「じゃあ俺がダメって言う…」
泣きそう。
何でか泣きそう。
そんな風に言って貰う資格ないし、言われたことにすごく喜んでいる自分もいるのが分かる。
ここ最近、こんなにも胸がトキめいたことなんてあった?
彼氏と別れてから、思った以上に心が死んでいたんだって、今さら実感する。
何を見ても心が高ぶらなかったから。
でも今、目の前のこの人にトキメいている。
あたし如きに太刀打ちできるような人じゃないかもしれない。
分かってる、頭の中では分かってる。
だけどきっと恋とはそういうものなんだって。
心と行動が一致しないのが恋なんだって。
ダメだ。
「ズルイです土田さん。そうやってたぶらかすんでしょ?」
「違うよ。俺は知りたいだけ…―――美月ちゃんの心ん中」
そう言って名刺を渡された。
裏に書いてあるLINEのID。
「連絡してね」
ポンポンって背中を叩かれた。
警告音は今もなお、最大の音を出して鳴り響いているのに、あたしはこの日の夜すぐにそのIDを登録したんだ。
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