雨の夜3


その後すぐに土田さんは松本さんとお店の隅で話し込んでいて。

あたしはあたしでお客様が入ってきたので接客に対応する。

それでも全神経は土田さんに集中していて。

ちょっと楽しそうに笑っている顔、何やら真剣に話している顔、全てが気になってしまうんだ。

やばいよ、これ。

そう思ったけれど、やばいって思ってる自分が信じられなくて。

一目惚れなんてするタイプじゃない。

でも、目が離せない…―――




「原田さん、今度飯でも行かない?」

「…は?」

「見立てて貰ったお礼に奢るよ。お店のことも色々聞きたいし!」



胸の奥で警告音を出している。

いっちゃダメ!って。

仕事で絡むだけにしろ!って。

プライベートに一歩でも踏みこんだら、戻れないんじゃないかって思えた。



「………」



だから何も答えられなくて。

喉まで「はい」ってあがってきているのに、ほんの少しの理性があたしを止めている。

そもそもこんな素敵な人に恋人がいないはずない。

好きになっても無駄だって…




「彼氏と別れたばっかなんだって?俺が慰めてあげようか?」



腰に手を添えられて耳元でそんな囁き。

柑橘系の爽やかな香りは土田さんによく合っていて…

見れば見るほど、完璧だった。



「だ、大丈夫です!あたし仕事に生きるって決めたので」

「勿体ない、原田さんまだ若いんだからもっと人生を楽しまないと」

「いいんです!」

「じゃあ俺がダメって言う…」



泣きそう。

何でか泣きそう。

そんな風に言って貰う資格ないし、言われたことにすごく喜んでいる自分もいるのが分かる。

ここ最近、こんなにも胸がトキめいたことなんてあった?

彼氏と別れてから、思った以上に心が死んでいたんだって、今さら実感する。

何を見ても心が高ぶらなかったから。

でも今、目の前のこの人にトキメいている。

あたし如きに太刀打ちできるような人じゃないかもしれない。

分かってる、頭の中では分かってる。




だけどきっと恋とはそういうものなんだって。

心と行動が一致しないのが恋なんだって。


ダメだ。




「ズルイです土田さん。そうやってたぶらかすんでしょ?」

「違うよ。俺は知りたいだけ…―――美月ちゃんの心ん中」



そう言って名刺を渡された。

裏に書いてあるLINEのID。




「連絡してね」



ポンポンって背中を叩かれた。

警告音は今もなお、最大の音を出して鳴り響いているのに、あたしはこの日の夜すぐにそのIDを登録したんだ。



[ - 15 - ]
prev / next
[▲TOP