雨の夜1


一目見た瞬間に恋に落ちる…

そんなこと、ドラマや映画の世界だけだって思っていた。

3年付き合った彼氏とすれ違いが続いたあたしは、自然消滅も嫌だったから話し合った結果、別れを告げられた。

どこで何を間違えたんだろうか?

結婚を考えて付き合っていたわけでもないけれど、いつかこの人と結婚するのかな?という淡い期待がなかったわけじゃない。

しばらく恋も男もいらない!ってそう思って仕事に打ち込んでいたんだ。


LDHに就職して2年目。

靴屋に配属されたあたしは、覚えることだらけの中、いっぱいいっぱいになりながらも何とか毎日を過ごしていた。



「今日バイヤーの土田さんが来るんだけど、役員会議と時間が被っちゃったら話だけ聞いておいてくれる?」



店長の松本さんがあたしにそう言って役員会議へと行ってしまった。

バイヤーさん、どんな人だろう?

初顔合わせにドキドキしていたのも、お客様が来たことで忘れていった。

館内に雨が降り出したBGMがかかったからお客様の服や持ち物も濡れているのが見える。

丁寧にビニール袋をかけて「ありがとうございました。またお待ち致しております」頭を下げて接客を終える。

時計の針は間もなく12時を越える。



「あーお腹空いた…」



誰もいないのを確認してから小さく呟いた…―――つもりだった。





「ブッ!!!」



笑ったというより、吹き出したような声にビクっと目を見開いてそっちを見た。

ちょっとだけ雨が髪についていて、奇麗にセットした髪がほんのり緩く濡れている。

吸い込まれそうな目に何ていうかそう…―――見とれたんだ。




「初めまして、バイヤーの土田です。原田さん…であってる?」



吃驚した。

バイヤーって、気取ったオッサンばかりだって思ってたし、研修の所ではそうだったから…こんなかっこいい人がいるんだって。



「あれ?間違ってる?」



クイって首を傾げるその姿も完璧だ。



「いえあの…原田です…初めまして…」



ペコっと頭を下げるとニッコリ微笑んでスッと手を差し出された。

細くて長くて奇麗な指…

立ち振る舞いだったり格好だったり、あたしの中で完璧だった。




「ごめん、靴急ぎで借りてもいいかな?」

「へ?」



自分の靴を指差した土田さん。

高級そうなその靴は吃驚するくらい汚れていて…



「どうされたんですか?」

「いや雨降っちゃって…ちょっとかけられちゃったんだよね。これから会議で時間なくて、とりあえず原田さんとこの靴、借りてもいいかな?支払は後で会議が終わったらまた来るからさ」

「分かりました」

「見立ててくれる?」

「めっそうもないです!」

「いいからいいから、原田さんのこともっと知りたいし、ね?」



背中に手をかけられて誘導される。

ドキドキしてるのがバレる?

あたしのことを知りたいってそういう意味で言ったんじゃないって分かってる。

でもその顔と声でそう言われたら、誰だって浮かれてしまうものなんじゃないだろうか…



「あのこちらはいかがでしょうか?」



ずっと思っていたんだ。

素敵な靴に似合う人と出逢いたいって…。

こんな靴が似合う人、いるの?なんて思っていたけど…―――いた。

この靴を履きこなせるのは土田さんだけだと思うってくらい、よく似合ってる。



「お、ピッタリ。ついでに俺も、これがいいな〜って思ってた。気が合うね、原田さん」

「……いえ」



何も言えそうもない。

浮かれて見えるべきものも見えなくなっていたんだって、後から考えたら思うんだろうけど、この時のあたしには土田さんの結婚指輪なんてカケラも目に入っていなかったんだ。



「終わったらまた顔出すね」

「はい。あの、スーツは?」

「ああ、眞木さんとことで見立てて貰うよ」



マキさん…どちらのマキさんですか?

なんて思ったけどそんなことも頭に入らないで。



「頑張ってください」



わけの分からない言葉を口走った。

でも自分の中がフワフワしていて、もう一度土田さんに逢える!と思うと、胸が高鳴る。

ヤバイ…を通り越してる気がする。

どうしようもなく胸が高鳴ってきっと顔も高揚している。

でも隠せない、どうしよう、ヤバイ…

感情が自分でもコントロールできなくなっていることに気づいていながら気づかないフリをしたんだ。



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