強くなって1


【side ゆき乃】


パタンとドアが閉まると崩れ落ちるように岩ちゃんが膝をついた。

直人がそんな岩ちゃんに腕をかけて引き上げると、MOAIの駐車場に連れていく。

ここにいるのは、わたしと直人と、それから敬浩だけ。

MOAIの中では今、えみと眞木さんのお祝いが始まったばかりだ。

えみを美月に任せてわたしはこの子をほおっておけない。


「これでよかった?岩ちゃん…」


俯いたままの岩ちゃんは、MOAIでえみと美月と3人で飲んでたあの日、直人達よりも早く到着していたらしく、声をかけようとしたら偶然にもえみの本音を聞いてしまった。

その夜、わたしと直人の部屋にやってきて、えみの願いを叶えてあげてほしいって。


「えみさん、幸せそうな顔、してたでしょ?俺、間違ってないよね?」


ワゴン車の荷台に座らせた岩ちゃんはそう言って顔を上げるとギュッとわたしの腕を掴んだ。

今にも零れ落ちそうな涙を目にいっぱいためて。

確かにえみは苦しんでいて。

無理やりってわけでもないけど、岩ちゃんと結婚するということを自分自身に言い聞かせているように見えた。

そこにある眞木さんへの切れない想いは、眞木さんに今までの気持ちを伝えるだけじゃ収まらなくて、希帆ちゃんと別れて自分を見てくれた眞木さんを受け止めたくて仕方なかったのかもしれない。

だけど優しいえみだから、ずっとその気持ち知ってても傍で愛してくれた岩ちゃんを簡単に捨てられる訳もなく…

「岩ちゃん、わたしね…黒沢さんに一度も抱いて貰えなかったの。理由なんて分からないけど、黒沢さんがわたし目の前にして勃たなくて…何度試してもダメで…ほら、美月が哲也くんを迎えに空港に行っちゃったあの日。この世の終わりみたいな顔、してたでしょ?…それでも生きていけるのよ、人間なんて。美月もそう、哲也くんとの未来を夢みてたけど、今はちゃんと臣の隣で笑ってる…―――大丈夫、この恋を越えた先に岩ちゃんの幸せもきっとあるわよ…」


ポロポロ…って、女みたいに綺麗な涙を零す岩ちゃんは肩を震わせていて。

足の間に立ったわたしは、そのままギュッと岩ちゃんを抱きしめた。

コテって力無くわたしに寄りかかる岩ちゃんの背中を優しく撫でると、堪えきれず漏れる嗚咽に頭を抱えた。


「間違ってない、岩ちゃんは誰よりもえみの幸せを願える素敵な人。自分の最愛の人が自分以外の相手を想うことを応援なんて、普通はできない。わたしは直人と彼女の応援なんて専らできなかったもの。だからちゃんと岩ちゃんの幸せだってどこかにある。その時までわたし達変わらず傍にいるから…」


ポンポンって岩ちゃんの震える背中を何度となく撫でる。

ギュッとわたしに縋るようにしがみつく岩ちゃんに「岩ちゃん、かっこよかったよ」後ろから直人の声。


「羨ましいよ、そこまで素直でいれる岩ちゃんが。少なくともえみの中で、岩ちゃんがいなかったら乗り越えられなかったこと、すげーたくさんあるはずだよ。あいつマジでいい女だからさ、見守ってやろーぜこれからも!」


敬浩だって、同じ想いを抱えているはず。

だけどこの人はわたし達の前で一切その弱さを見せたことなんてない。

強い、人だね。


「強くなって、岩ちゃん。負けないで…」


わたしの言葉に岩ちゃんは、声を殺して気が済むまで泣いた。

一つの恋が終わりを告げた。



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