「美月大丈夫?えみさんに体調不良って聞いて…」
そんなに心配そうな顔するんだね。
席につくなり哲也くんがわたしの言葉を待っている。
そんなにソワソワして。
いつも冷静でクールな哲也くんがこんなに落ち着きがないなんて。
それだけ美月を想ってるって、ことだよね?
「単刀直入に聞くけど…」
あえて哲也くんの言葉を無視してわたしは自分の意見を述べた。
「この先あの子とどうするつもり?」
わたしの言葉に眉毛を下げる哲也くん。
「申し訳ないんだけど、その話なら彼女に直接以外はするつもりない」
「わたし達に話せないなら美月とは絶対に会わせないから」
「頼むよゆき乃さん。俺達の邪魔、しないで…」
邪魔ねぇ。
「人に胸張って言えない関係なんて、おかしくない?邪魔だろーが何だろうが、会わせないわよ」
悔しかったら言い返してみろ。
哲也くんは小さく息を吐き出すと綺麗なストレートの髪を手でワシャワシャ掻きむしる。
へ?って思ったわたしを、次の瞬間思いっきり睨みつけた。
「どうしようもねぇんだよ、俺だって。美月との未来だって諦めてねぇ。けど家族は何も知らない。子供に罪はねぇだろ。少なくとも凛花のことは愛してる」
ドキッとするくらい低い声と指すような目つき。
これが哲也くんの本性なんだと思った。
適当に遊んでるだけだったらマジで許さない!と思ったけど、どうにかしたいと思ってはいることに、少しだけホッとしたなんて。
結局美月を傷つけることになっても、哲也くんの愛は本物なのかもしれないって。
「どうして結婚なんてしたのよ?」
「ゆき乃さんさ、愛のある結婚生活なんて、そんなに続くもんじゃねぇよ。良平とゆき乃さんだって、そう長くは続かねぇって」
煙草を取り出す哲也くん。
まだわたしと良平くんのこと知らないんだ。
まぁ、良平くん自ら言えるようなことでもないよね。
「奥さん説得する気はあるの?子供が大事なのは分かったけど、わたし達にとっては関係ないことだよ。哲也くんの守りたいもの、わたし達には関係ない。冷たくてもなんでも、美月が大事だよ、わたしは」
「話してもしもあいつが美月に手かけるようなことしたらって、それ思うと言えねぇ…」
弱い男は嫌い。
いつだって前を見ている強い男が好き。
だから良平くんも好きだった…
「哲也くんの気持ちは?」
「俺が愛してるのは美月。奥さんにはもう何の感情もねぇ」
「何とかできないなら、会わせない」
「頼むよゆき乃さん。美月の顔見ねぇと俺、死にそう…あの笑顔が好きなんだ。テツって呼んでくれるあの声もすげー好き。なんで俺、美月と先に出逢えなかったんだよ、クソッ…」
誰だってそう思うことはある。
後悔せずに生きることなんて誰一人できやしない。
だけど、時間は止まってはくれない。
どんなに苦しくても、どんなに辛くても、同じ毎日を繰り返し進むだけ。
哲也くんも、一人で苦しんでいるのは確かだ。
「哲也くんの気持ちは認めます。だけどズルズルいくだけならやっぱり美月は渡さない。好きとか愛してるって気持ちだけで、美月を預けられない。仕事以外では美月に会わないで…」
お金を置いて立ち上がるわたし。
項垂れる弱い哲也くんを一人置いてお店を出たら、壁に直人が寄りかかって待っていた。
わたしに気づいた直人は無言で手を差し出す。
だけどそんなんじゃ足りなくて、ふわりと直人の肩に顔を埋める。
「どうしたらいいんだろうね。哲也くんも、苦しそうだった…」
「そっか。けど美月ちゃん守れんの俺らしかいないから、負けちゃダメだ。頑張ったなゆき乃、お疲れ」
抱きしめてくれる直人の心臓は相変わらずバクバクしている。
わたし如きにこんなにも心臓をトキめかせてくれるのは、直人だけかもしれないね。
[ - 83 - ]