■ 傷口9
「出てこいよ、奈々」
あたしを呼ぶワタルの声に出て行こうとしたあたしの腕を掴んだケンチが、間髪入れずに叫んだ。
「誰の女呼んでんだ、テメェ!奈々は俺の女だ」
……――え?
怖いくらい殺気だったケンチの背中越しにワタルと目が合う。
掴まれた腕から伝わるケンチの体温は高めで。
何か、ドキドキする。
全身全霊でケンチがあたしを守るって、その大きな背中が言っている。
あたしはタカヒロの彼女だけど…――――――
「奈々は俺の女だ! 手出すな」
もう一度、ケンチの声が響いた。
「お前ら、俺を騙せると思ってんのか?…まぁいい。今日は生憎(あいにく)タカヒロもいねぇーしとんだ誤算だったぜ。又来っかんな。…奈々、またな」
余裕の笑みを浮かべたままワタルがバイクに跨がると、地響きする程の爆音が青倉庫を包み込んだ。
その音が完全に聞こえなくなると、あたしの右側にいたゆきみがそっと背を向けて歩き出す。
慌てて哲也くんがゆきみを掴まえて…
「どこにも行くな」
『お腹痛いの、離して』
震える小さな声に、哲也くんはゆっくりとゆきみを掴む腕を離した。
聖なるクリスマスイヴがものの見事に崩れていく。