■ 嵐の前の静けさ6
【side ゆきみ】
『ねぇ哲也』
VIP部屋を出るとすぐに長い廊下がある。
廊下の途中、隣を歩く哲也に視線を向けると、しっかりとこっちを見ている哲也は、わたしの問い掛けにほんの少し首を傾げて優しい笑みを浮かべる。
『…やっぱいい、何でもない』
「なんだよ、言えよ」
立ち止まって先を歩こうとするわたしの腕を掴んだ。
言葉を濁したわたしをジッと見つめる哲也は、少し伸びた髪を今日は下ろしていて。
いつもワックスでセットされているから今日は何だか別人みたいに見えてしまう。
だからわたしは腕を伸ばして哲也の前髪をクイッと上げた。
キョトンとした表情でわたしを見つめたままの哲也は、こんな風に髪を下ろした哲也を誰にも見られたくないって思うわたしのヤキモチに気づく訳がなくて。
わたしが触るがまま、何の抵抗も見せない。
『髪なんか下ろしたら、哲也を見る女の目が変わっちゃう…やだな』
独り言みたいなその言葉に、哲也はほんの一瞬目を大きく見開いた。
次の瞬間わたしは哲也に抱きしめられていて。