■ 大きすぎた壁5


【side 奈々】



「死んでもゆきみは渡さない」…そう言った直人のくせに、哲也くんに一度も向っていかなくて。

男同士の喧嘩をこの目で見るのは初めてだった。

親父に殴られていた日々を思い出して、少しだけ息苦しい。

でも、親友が黙って見ているのに、あたしがここで逃げることなんて許されない。



「おい」



聞こえた声はワタルのもんで。

視線を上げたあたし達を見下ろすワタルからは敵意はそれほどない気がした。



『…なに?』



ゆきみが答えるとストンとゆきみの横にしゃがみ込んだ。



「どういうつもりだ…」

『え?』

「お前をかけて戦ってるぞあいつら。直人、このままだと死ぬぞ…。哲也は本気だアレ…」



心配しているのか、そうじゃないのかさっぱり分らないけど、ワタルは今、ゆきみの言葉を求めていて。



『哲也が好きだよ、わたし。直人が死んでも…哲也がいないと生きていけない…』



強く言い放ったゆきみを見て、ワタルは顔をしかめた。



「お前、直人んとこ行ったんじゃねぇの?」



問い詰めるようなワタルは、はたから見たら分からないかもしれないけど、ゆきみを追い込みたくなるぐらい、気持ちが高ぶっているようで。

美咲の妹である美幸の存在が、さっきまであったゆきみへの優越感すらなくなって見えた。

この男は、永遠の愛なんて信じていなくて。

ゆきみが哲也くんを裏切って直人の所にいった…って表向きな噂を鵜呑みにして今日ここにやってきたに違いない。

それを思わせるぐらいに、ゆきみは哲也くんへの想いを封印して、直人だけを愛しているように振る舞っていたのだから。

ここにいるチームメイト達をも騙すぐらいに、ゆきみと直人は誰が見ても恋人だったはず。

だから美幸を哲也くんの新しい女だと思う子等もいたりして…そんな嘘にゆきみを巻き込みたくなかった。

でも、ここまでしないとワタルの気持ちを動かせないと思ったから。

だから自分達を犠牲にしてまでも、ワタルにTOPの女を狙うことを止めさせなきゃって。



『言ったはず。わたしと哲也はどんなことがあっても崩れないって』

「…直人に抱かれたから哲也と別れたんだろ…?」

『直人はわたしを一度も抱いてない。わたしの気持ちは哲也にしかあげない。だから手なんて出してこなかったよ…』



眉間にしわを寄せたワタルはチラリとあたしを見た。

でも次の瞬間ニヤリと笑って言ったんだ。



「へぇ〜。けど哲也はそうじゃねぇんじゃねぇか?」



…嫌な言い方だった。

何かを知っているのか、それとも鎌をかけているだけなのか…。

気持ちで負けちゃいけないって思ってあたしはワタルをジロっっと睨みつけた。



「とっかえひっかえ哲也に抱かれたって…うちのチームの女共が話してんの聞いたからな俺!飽きられたんじゃねぇか、ゆきみ」



ワタルの言葉にさすがのゆきみも動揺を見せて…。

だからあたしはゆきみと繋がっている手にギュっと力を込めた。



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