■ 大きすぎた壁4


左側にいるワタルは、その足をしっかりと地につけているのに、ふわふわと浮いてるように見えなくもない。

そのぐらいいつものワタルじゃなくなっているように見えた。

この女の存在が。

それほどまでに美咲のことを愛していたんだと、嫌でも分かってしまう程に。


わたしも、愛する哲也に何らかの形で裏切られたのならば、憎んでしまうんだろうか。

そもそも哲也にしたわたしの裏切り自体が、これから先の哲也の中に憎しみすら生まれているのであろうか。

哲也を信じているけど、信じているからこそ、裏切られたって思われてしまったら、許せなくなってしまうんだろうか。

哲也に視線を向けると、気づいたようにわたしに視線を合わせて。

何も言わない瞳は、わたしを許せない?

もう、ダメ?

自分でしたことの罪の大きさを今更実感しても遅いのに。


『奈々…』

『うん?』

『哲也は私を許してくれないかな?』


不安気な顔を見せる私に、やっぱり奈々は微笑んで。


『タカヒロが言ったでしょ?一番大事なもん取り返しに行った!って。哲也くんの一番大事なもんなんて、一つしかないよね』

『わたし?』

『それは、哲也くんの口から聞かないとだよ、ゆきみ』


嬉しそうな奈々に胸が熱くなる。


「お前がトップの女ばっかを狙うのは、お前が美咲に裏切られた腹いせだろ…」


低い哲也の声にワタルはジロっと鋭い視線を飛ばす。


「哲也、お前に俺の気持ちが分かるかよっ!?」


若干イライラしたワタルの声に、哲也の視線がわたしに届く。



「ああ分かんねぇな、ワタルの気持ちなんて。俺は、取られたもんは取り返す。その為ならPRIDEでも何でも捨ててやるよ」



そう言うとわたしの後ろの直人を見て…一言呟いたんだ。



「直人…ゆきみを返せ」



その瞬間、奈々の手がギュッと強く握った。

言われた直人は静かに立ち上がって、わたしを一切見ないで答えた。




「無理です」


直人の精一杯の抵抗。

チームのsecondを誇る哲也に対しての、拒否の言葉なんて普通なら絶対に許されない。

わたしを守るようにわたしと奈々の前に立ちはだかって哲也からわたしを隠そうとする直人に、その背中に溢れんばかりの愛を感じる。

誰が見ても分かる。

直人は本気でわたしを哲也に返すつもりはないと。


「だったら俺と怠慢はれや!力づくでも何でもゆきみを返して貰う!!!」


そう言うと哲也は学ランをバサッと脱ぎ捨ててサラシ姿で直人に近づく。

直人はわたしを振り返って優しく微笑んだ。


「死んでもゆきみは渡さない」



涙が溢れた―――――…




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