■ 大きすぎた壁2
【side ゆきみ】
真実が見えないだけに何も言えなくて。
でも…この前哲也に向けられたあの視線と冷たい言葉なんてもんはもう、ここには一切なくて。
ほんの一瞬直人に視線を向けたらしっかりとわたしを見ていてくれて…やっぱり胸が痛いんだ。
だからギュっと強く奈々の手を握り締めたら、静かに哲也の後ろにいた女が顔を出したんだ。
…誰?!
何でVIPから出てきた?
さっき哲也の言った「大丈夫だ」なんて言葉はすぐに脳内から吹っ飛んでしまって。
唇が切れそうな程強くグっと噛んだ。
『…誰?』
それでも堪え切れず漏れたわたしの声に、奈々が小さく反応した。
『ゆきみ…』
奈々がわたしに何かを言おうとするけど、倉庫の女たちがざわつき始めて。
「この前VIPにいた人だ」
「哲也さんとよく一緒にいるよね?」
「哲也さんの新しい女っぽいよね」
聞こえた声にうんざりした。
わたしに聞こえるように言うってことは、わたしの相手はもう直人だってみんなが思っているんだって。
勿論表向きそう仕向けたのは他の誰でもないわたしだけれど、実際そういう態度をとられるのはキツイものがある。
わたしと哲也の絆なんてもんは、わたしだけがそう思っているのかもしれない。
崩れるわけない…そう信じているのは、本当にわたしだけなのかもしれない。
だから、この前直人と一緒にいる時に逢ったのも…ああいう態度だったんだって。
胸が苦しい。
『ゆきみ、哲也くんのこと信じて』
でも、ギュっと強く繋がれた手を握ってそう言う奈々。
わたしだけに聞こえる程度の小さなその声だったけれど、奈々がそう言うのなら、わたしは哲也を信じたい…そう思ったんだ。
他の誰でもない、奈々の言葉だから。