愛してるって言って | ナノ





過去の傷跡が見えた夜1




そうしてスタッフルームを出た私の前、いつもは店長のケイジがやっているキャストの付回しを、今に至ってオーナー自らやっていた。

その回し方に、ケイジに教えたのがアキラだとすぐに分かった。

すこぶる忙しいリンも、アキラの指示で、あの客につきながらも自分の客の所にも引っ切り無しに移動していて…。


「なんでオーナーが?」


そうぼやく私に気づいたアキラが「ユヅキはテツヤのテーブルにつける」そう言って。

やっぱりあのフリーテーブルにはつけないらしい。

あのテーブルには、リン、スズ、そしてサクラさんまでもがついているというのに…。

いったいこの数分で何がどうなってんだか!?


「でもあのフリー客…」

「いいか、お前はオレの指示に従ってればいいの。特に今日は!」


半ば無理やり、むしろ超強引に私はアキラにテツヤさんのテーブルにつけられた。

本物ヤクザの着物姿というものは、中々拝めるものでもなく、どこから見ても物凄い貫禄で…。

テツヤさんの隣に座った私は、そういう世界を改めて意識せずにはいられなかった。


「すっげぇブスっ面だけど?」


クククて喉を鳴らして笑うテツヤさんは、いつもよりも私に密着するように肩に腕を回している。

普段はあまりそういうお触り的なことをお店ではしないせいか、どうにも見せつけている気分になってしまう。

だからこの行動にさえ、どんな意味が込められているのかなんて私には知りもしなかった。


「テツヤさん、さっきのことですけど」

「ん?」

「ケイジに言った言葉…」


―――重ねてんのは、お前もアキラも一緒じゃねぇか…―――


テツヤさんのその言葉が私の頭から離れなくて…。

愛を知らない私でも、何となく分かってしまう。

もしも、前にそう…―――


「私と似ているんですか? その人…」


静かに隣で煙草を吸うテツヤさんに寄りかかるように聞く私に、細く煙を吐き出すテツヤさん。

テツヤさんは私の頭をポンポンと叩くと、フワっと優しく微笑んだ。


「他の奴の口から耳に入るくらいなら、俺が言ってやりてぇ…けど、今のお前には辛いかもしれねぇなぁ…」


テツヤさんの言う“辛い”は、私の気持ちで…。




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