優しさの定義4 同時に私の鞄の中で携帯がバイブ音を鳴らしている。 こんな時間に電話かけてくる人なんて… 「出て、電話…」 健ちゃんが鞄の中から携帯を取って、開いた画面のまま私に手渡した。 見なくても分かるその相手に… 「もしもし…」 【どこにいんのよ?】 「…そっちこそ」 【あれ?怒っちゃった?ごめんって。用済んだから家で待ってる、早く帰ってこいよ】 うんも、分かったも、何も言ってないのに、要件だけ言って通話終了。 真夜中の静かなこの部屋に、健ちゃんにもその声が聞こえていたんだろう。 すでに私を送る支度をしていて… 「送るね」 「…健ちゃん…」 「大丈夫、分かってるから。オーナーでしょ?」 「…うん。健ちゃん私…」 「僕は平気!!全然大丈夫!!だから気にしないで…いつも通りにして。もうアイラちゃんを困らせたりしないから。ね?」 空元気。 でも、健ちゃんがこれ以上辛くなるよりはそうした方がいいのかもしれない。 私は荷物を持つと玄関に向かって歩いていく。 「ユヅキ」 「えっ?」 …本名で呼ばれて振り返った私を、ドアに押し付けてキスをされた。 息苦しい荒いキスにそれでも目を閉じて受け止めた私の首筋に、チュっと小さな紅い花を落とした健ちゃん。 たった一つ咲いた小さな紅い花は、健ちゃんのありったけの気持ちなんだと。 涙すら流していないけど、私を見つめる瞳は潤んでいて、悲しみに満ちている。 「もう二度としないし、二度と呼ばない…。僕の気持ち、聞かなかったことにして、お願いだから…」 「…うん」 「アイラちゃんが愛してるのはアキラオーナーだよ。見失わないで自分の気持ち。ナオトでもケイジ店長でもテツヤさんでもない…アキラオーナーだよ!!ね?」 無理やり笑顔を見せる健ちゃんに、強く頷いた。 そんな私を見て、安心したように頷き返す健ちゃん。 玄関を出て大通りに行くとタクシーを拾ってくれて、「最後にもう一度だけ…」二度としないって言ったのに、最後のサヨナラのキスをチュっとされた。 バタンとタクシーのドアが閉まって行先を告げた私を見守る健ちゃんはやっぱり泣きそうで、諦めて一人でさっさと家に帰ればよかったって、後悔してしまうんだ。 人を愛するということの意味を、改めて知ったそんな夜―――。 |