Forever5
「何かやっぱり涎かけとか何枚あっても使うって。これ可愛いなぁ、見てみて!」
手にした涎かけを直人に合わせてみると、苦笑いで私の腕を払った。
そのまま普通に手を繋がれて、そこに疑問なんてない。
買い物の時はだいたい手を繋いで歩いていたから。
「俺で合わせんなって!でもこれ可愛いね。何枚か詰め合わせて貰おうかなぁ」
「セットもあるよ、これ!女の子だからピンクが良くない?」
「ゆきみが好きなだけだろ、ピンク」
コツっておデコを合わせて笑う直人。
ねぇ、やっぱり私達ってバカップル決定じゃない!?
至近距離がこんなにも落ち着くのは直人だけかもしれない。
「よくご存知で!」
「この世界で一番ね、ゆきみのことなら何でも分かるよ俺!」
「私だって直人のことなら誰にも負けないぐらい分かってるわよ!」
「まぁ、そーだろなぁ。俺より分かってそう、お前!」
繋いだ手を引き寄せてピンク色の涎かけのセットを手に取るとそれを持ってレジに並んだ。
「何食いたい?」
「寒いからお鍋!」
「鍋いいねぇ!あーでもそしたら俺ん家でゆきみ作ってよ!スーパーで買い物して帰ろ!」
「うん!のった!」
腕に巻き付く勢いで直人に絡み付くとクスって微笑む。
あれ……ちょっと待って!
私達別れたよね?
これいつものコースじゃない?
このまま泊まって明日一緒に出勤…
別に嫌いになって別れたわけじゃないし、友達として?こうしてるの、直人は。
え、どーいうつもり?
チラっと直人を見ても鼻歌歌いながらお会計をしていて。
これでいいの、私?
自問自答しながらも、結局直人と過ごす時間は私にとって居心地の良いもので、あれよあれよと直人の地元の駅で降りたった私達はスーパーで鍋の食材を買って直人の住むマンションへと移動した。
何を言うこともなく、至って普通に私を家の前まで誘導する直人。
でもそこで事件は起こった。
「志保ちゃん?」
直人の住むマンションの前、エントランスの柱に突っ立っているのは確かうちの会社の総務の子。
直人のこと好きだって噂すらあった子で。
私の姿を見て泣きだしそうな顔をする。
手に持ってるスーパーの袋は何の言い訳にもならない。
「あの…直人さんがゆきみさんと一緒に帰ったって友達に聞いて…あたしその…」
「あ、そういうんじゃなくて…誤解しないで、俺達ちゃんと別れてるから。今日は単に買い物に付き合って貰っただけで…」
タジタジ言う直人を見て志保ちゃんといい感じになったんだって分かった。
やっぱり私達、別れてたんだ…
今更ながら実感したなんて。
「志保ちゃんごめんね。私達志保ちゃんが不安になるようなことじゃないから。直人、私…――敬浩が待ってるから帰るね…」
「――そっか、ごめんな。今日はありがと!」
「志保ちゃんごゆっくり!」
逃げるようにマンションから出た。
エントランスを出て角を曲がる。
バクバクいってる心臓を抑えながら少し戻ってエントランスを覗くと、直人の腕にギュっと掴まってる志保ちゃんが見えた。
分かってたよね、私。
別れた時にこうなることは。
直人だっていい歳だし、普通にかっこいい。
フリーになった女がモテルなら、男だってモテルはずだと。
何だろ、この空しさ。
絶対に違うのに、この世に独りぼっちになったように思えてしまう。
直人は今夜志保ちゃんをあの家に泊めるんだろうか。
あのソファーに座ってあのお風呂でシャワーを浴びて…あのベッドで直人は志保ちゃんを抱くの?
気づいたらLINEを開いて通話を押していた。
【俺のが好きだって気づいちゃった?】
聞こえた声に涙が溢れる。
軽やかな声に心のタグが外れそう…
「敬浩…助けて…――」
【は、今どこ?直人くんに何かされたの?】
「直人のマンションの前…」
【何があった、ゆきみ?】
「敬浩…逢いたい…お願い…」
【すぐ行くから。俺が行くまでどっか店入ってられる?】
「…うん」
何で私泣いてるの?
直人と別れた時は涙なんて出なかったのに。
いつか別れ話をされるかもしれないってそう思っていたから?だから分かっていたってずっと自分に言い聞かせてきた…
だけど実際別れた後、逢った所で私達の関係は何も変わってなくて、それがすごく心地良かった。
もしかしたら直人と元サヤに戻るのかな?なんて自惚れていたのかもしれない。
なんて馬鹿なんだろう。
なんて惨めなんだろう。
「ゆきみ!」
カランってカフェのドアを開けてキョロキョロと店内を見渡す敬浩が涙で滲む。
立ち上がった私に気づいてすぐさま駆け寄った敬浩はそのまま私をギュっと抱きしめた―――
何も隙間がないくらい、強く、強く…―――