Secret8


カラン。

カフェのバイト先にまた哲也の大学仲間たちが入ってきた。

勿論直人の姿もそこにある。

私を見てほんのり口端を緩めた。

哲也がうちに来ない時のほとんどを一緒に過ごしている。



「あ、そういやゆきみちゃんどうだったの?」



不意に直人が私を見てそんな問いかけ。

何の話?って顔で哲也が私を見つめる。

そもそも、私と直人の間に話題があること自体おかしい。

これって直人の罠?



「なんの話?」

「え、何だろ…。直人くん、なに?」

「コンクール!」



それは、直人をモデルに書いたあの絵のことで。

勿論ヌードは出展せずに、笑顔の直人を出展したんだった。



「あ、今日出てるかも…」



すっかり忘れていたわけで。

何でこんな日にバイト入れたんだってちょっと後悔した。



「出展したんだ?」



哲也が珈琲を作りながら聞いてきて。




「うん。結果後で見てくる」

「俺も一緒に行くよ」

「でもみんな来てるし、私一人でも平気だよ?」

「ん〜けど。ゆきみが一生懸命頑張った結果だろ?一緒に見たいじゃん!」



…心が痛い。

罪悪感がないわけじゃない。

悪いと思ってる。

だけどもう直人以上に思えないのが現実。

今日、コンクールで賞が取れてたら…チラっと視線を直人に移すと、直人もこっちを見ていて目が合う。

表情変えずにジッと私を見つめる瞳に胸が熱くなる。

ただ見られているだけで抱かれているわけでも何でもないのに胸の奥がキュンっとして身体が熱くなっていく。

今日もうち来てくれる?

一緒にご飯食べてお風呂入って、一緒に寝てくれる?

そんな思いを込めて直人を見つめ返す私に、直人が不意に立ち上がった。



「シフト何時まで?」



聞いたのは哲也であり、私…?



「俺もゆきみもあと5分だけど」

「あと5分な…哲也。あと5分だけ待ってやるよ」

「…なに、直人?言ってる意味分かんないけど…」

「10分後には分かるよ」



そう言って私を見ずに席に戻って行った。

キョトンと顔を見合わせる私と哲也。



「何か変なの、あいつ」

「…5分か」

「え、ゆきみ分かったの?」

「まさか!」

「あ、こら。二人で俺のことからかいやがって!」



ポカって哲也の痛くない鉄拳が私の脇腹を掠る。

笑っている哲也。

楽しそうに、微笑んでいる哲也。

見納め…―――なんだろうか。



「あがります」



時間になって入れ替わりのスタッフと交代する。

スタッフルームに入る前、たまたま周りに誰もいなくて…



「ゆきみッ」



哲也の腕に掴まってギュっと抱きしめられる。



「哲也?」

「何かゆきみが遠い…」

「遠い?」

「うん。キスして…」

「…――ん」



背伸びをして顔を寄せると哲也の腕が私の腰を抱いた。

グイって引き寄せられて哲也の唇が触れる。

もしかしたら久しぶりのキス…?

ちょっとだけ荒々しい哲也のキスに、今までずっとこれに幸せを感じていたことを思い出した。



「哲也ッ…」

「…好きだよ、ゆきみ…」



もう一度近づくテツヤに、ブーブーってスマホがお尻のポケットで揺れている。



「誰だよ、たく」



ピッて押して乱暴に「直人、なに?」そう言う。

え、電話って直人だったの?

思わずキョロキョロと辺りを見回すも、スタッフ専用ルームに当たり前に直人の姿なんてない。



「あー分かった、分かった、今行くよ」

「…哲也?」

「直人に邪魔された。着替えておいで、待ってるから」

「うん」



女性ロッカーに入ると直人から着信で。



「直人?」

【浮気してねぇだろうな?】

「…浮気ってどこまでが浮気?」

【キス…】

「それって直人も私も言える?一応まだ哲也の彼女だよ」

【シたの?】

「…した…」

【ハァ…素直に言いすぎ。そんなんだから哲也に警戒されてんじゃねぇ?】



直人に言われて初めて気づいたけど…



「警戒してる?哲也…」

【だからキスされたんだろ?】

「遠いって言われた。ゆきみが遠いって…」

【まぁ俺のもんだからなぁ、もう…】

「…え?」

【いいから早く出てこいよ。いいこと教えてやるから】



いいことって!?

聞く前に電話は切れていた。


仕方なく着替えてロッカーを出ると哲也が既に私服で待っていて。



「行こう」



差し出されたその手を小さく握った。

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