雨に隠れて4
「ほんとにここでいいの?」
「うん、ここで」
マンションのエントランスでずぶ濡れになった私を「ごめん風邪引かせたら」そう言いながらタオルで優しく拭いてくれた良平くん。
自分だってびしょびしょなのにタオルが使えなくなるまで私の水分をとってくれた。
部屋まで送るって言ったけど哲也がいるし、だからここでいいって。
「じゃあまた」
「うん、おやすみなさい」
私の頭にポンッと触れて、良平くんは車に戻って行く。
エンジンをかけて静かに夜の闇に消えて行く良平くん。
顔が緩む。
馬鹿みたいに心は満たされていて、ほんの数時間前の自分とは別人だった。
これ程までに私の心はいとも簡単に良平くんで溢れていて、だから全く気づかなかったんだ。
「ただいまー」
玄関を開けた私を見て「あ、ユヅキお帰り…」ちょっとだけ気まずそうな哲也の顔が目に入る。
「てっちゃんただいま」
でも濡れてる私を見て慌ててバスタオルを持ってふわりと抱きしめてくれた。
「お前傘どーしたんだよ?今時傘もささずに歩くなんてドラマ以外ないから…」
「…ごめん忘れちゃって」
「風呂湧いてるから今すぐ入ってこい」
「うん、ありがと」
「うん。あのさ…」
「なに?」
「会わなかった?」
「え?」
「啓司。ユヅキと入れ違いで来てたよ、ここに。なんか色々健康食品置いてった…」
ドクンと心臓が高鳴る。
うそ、啓司、どっかにいたの!?
すぐにLINEを開いて通話を押すけど繋がらなくて。
ドクドクと黒いものがお腹の中でできあがっている私。
優しい啓司の笑顔が私の中からどんどん消えていく。
戻ることのできない道を自らの足で歩き始めていたことに、今更ながら気づくなんて。
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