「マジでしてねぇっって!」


さっきからその一点張りの寺辻くん。

別にいいの。

いや、よくない!

中庭でのあの彼女きどりさんとの行為。

忘れていた訳じゃないけど…

…半分は忘れていたけど。


「本当にくっついてないの?」

「ギリギリね。うわ!って思って、顔逸らしたから唇には触れてねぇ唇には…。ユヅキちゃん以外とキスはしたくねぇって無意識だったと思うけど…」

「アウト!唇じゃなくてもキスしたんじゃんっ!悔しいっ!」


ムキーって感情を身体全体で表すあたしに、寺辻くんの大きな手が伸びてきて、フワッと抱き寄せられる。

途端にあたしの心拍数は上昇して、身体いっぱいに寺辻くんの温もりと香りに包まれた。

誰に見られているわけじゃないけれど、こんな行為自体慣れていないあたしは、まるで借りてきた猫のようにおとなしくなってしまう。

高台から見える景色はセピアから闇に変わりゆきつつあって…

そろそろあたし達も闇に飲み込まれてしまいそう。


「ユヅキちゃん、あんま可愛いいことしないで?さっきからオレの下半身、ゆうこときいてくれねぇっ…」


とんだ下ネタを浴びせられた。

誤魔化された気がしてしゃくだ。

だから…―――


「どう、ゆうこときかないの?健一郎!…」

「な!…」


イシシと笑うあたしに、ほんの一瞬視線を逸らした寺辻くん。

でもすぐにその腕があたしを自分の膝の上に乗せた。

ベンチに座っている寺辻くんの上に向かい合って座るあたし。

恥ずかしすぎるこの格好に、お腹の底から羞恥心が沸き上がってくる。


勝ったと思ったらすぐに逆転されてしまう。

これが俗に言う¨惚れた弱み¨なのかもしれない。



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