■ 恋心9


『奈々、帰ろっか』


タカヒロと彼女がいなくなって少ししたら哲也くんがVIPから出て来ていて。

それを合図にゆきみがそう言って、あたしは静かに頷いた。

昨日と同じで送迎の車に乗って、あたしは家まで送って貰った。


明日は日曜日。

本当はこのままゆきみと一緒にいたいよ…

そんな勝手な事言える訳もなくて、あたしは静かに車を下りた。

隣に乗っていたゆきみと同時に、助手席にいた哲也くんも車から下りてあたしを見つめる。


「危ねぇから玄関まで行く」


ゆきみと一緒にそう笑った哲也くんは、昨日ゆきみの部屋で見たちょっとだけ甘えたな笑顔だった。

優しい哲也くんのことだから、断っても来てくれるんだろうなって判断したあたしは、素直に玄関前まで送って貰った。


『付き合わせちゃってごめんね』


ゆきみが申し訳なさそうに言うけど、あたしはむしろもっと付き合いたいってそう思っているものの、それすら言葉に出来なくて、ただ左右に首を振るだけ。


「奈々ちゃん、ゆきみの友達は俺も大切な友達だから。何か困った事あったら何でも言ってな?絶対守ってやるから」


ポンッて軽く頭を撫でてくれた哲也くんの優しさに、少し涙が出そうになった。

今ここであたしが真実を話したなら、哲也くんは助けてくれるんだろうか。

そんな事を考えている自分が嫌で、そんな気持ちを振り払うみたいに、あたしは大きく息を吐き出した。

それから携帯番号とアドレスを渡されて、あたしの番号とアドレスは「こいつに聞くから」ってゆきみをポンッてする哲也くん。


『奈々、大丈夫?』


ゆきみ、怖いよ…


『大丈夫だよ全然』


大丈夫じゃないよ、ゆきみ…


『電話、奈々は年中無休だからね』


心の声は、ゆきみや哲也くんに伝わる事なく消えてゆく。

最後まであたしを心配しててくれたゆきみの優しさに、又泣きそうになったから、あたしはサヨナラを言ってドアを閉めたんだ。

楽しかった、幸せだった時を忘れるくらいの恐怖を隠して――――…




- 40 -

prev / next

[TOP]