■ 事件勃発6


「知りてぇか?」


ロクな事じゃないって分かってるけど、それは怖くてたまらないけど、今奈々を守れるのはわたししかいない!


『うん』

「いーっけど、ただじゃ教えらんねぇし。…哲也と別れろよ?俺の女になれよ、ゆきみ」


その自嘲的な笑いは気味が悪くて、わたしは込み上げる嫌悪感に吐き気がした。

そう言われるって分かっていながら、実際それを言われたのはすごく気分が悪い。

比例するみたいに、顔色が悪くなるわたしにゆっくり一馬が近づいたんだ。


やっ、やっ、やっ!!

哲也っ、助けてっ!!


一瞬で混乱したわたしは、一馬を振り払おうとその場で足をばたつかせる。

だって、哲也以外の人がこんな距離にいるのが嫌で。


「暴れんなよ」


そう言ってわたしの胸倉を掴んだ。

でも、次の瞬間―――




「ゆきみ〜可愛い」


ニコッて笑って甘い声を出すそれは、わたしが小さい時から見てきた笑顔とうりふたつで、錯覚してしまいそう。

そこに哲也がいるかのよう。

哲也にそっくりな一馬が、本当に哲也かのよう。

悔しいのか悲しいのか分からない感情が溢れて…


「泣くなよ、ゆきみ」


そう言って髪を撫でる手も、優しく見つめる瞳も、哲也とうりふたつ。

それでも違う。

この人はわたしが好きな哲也じゃない!!

だって哲也はわたしをこんなに混乱させたりしない。

哲也は、わたしを困らせたりしない。

何より、近づかれてわたしが哲也に恐怖を感じることなんてない。


『一馬止めて…離して…』

「俺を裏切ったのはお前だ、ゆきみ…償いも出来ねぇのか?」


そんなわたしに、低い一馬の声が届いて、涙が溢れてくる。

わたしは首を横に振って一馬を見つめる。


『一馬止めて、お願い止めて…』


さっきまでのニッコリ笑顔はどこにもなく、冷たい死んだような目でわたしを睨んでいるのは哲也とうりふたつ。

ゆっくりと近づく一馬は、そっとわたしの唇に視線を移した…



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