登坂広臣3
出て行ったと思った直人さんはすぐに戻ってきて…―――
「あ、ゆきみさん」
後ろから遠慮がちに顔を出した直人さんの恋人のゆきみさん。
珍しいな打ち上げに呼ぶなんて。
つーか初めてじゃん。
そう思った瞬間「わお、ゆきみちゃん!」飛び出してったのはうちの末っ子の岩ちゃんで。
付き合う前からゆきみちゃんを狙っていた岩ちゃんは、直人さんと付き合ったその後も、今だに時々「ゆきみちゃん…」ってボヤいている。
直人さんがそれをマジにとっているかは知らねぇけど。
奥にいたHIROさんに直人さんがゆきみさんを連れて…―――「誰あれ…」いたのはゆきみさんだけじゃなくて。
「あ〜確か期間限定でヘアメイクさん一人入れるって言ってたような?」
俺の声を拾ったであろう隆二がワインを一口飲んでそう言った。
ヘアメイク?
期間限定?
いらなくねぇ?
「ほら、ヒロミちゃん臨月だからその変わりじゃない?」
「あ〜なるほど」
そういえばそんなようなこと言ってたかも。
それにしても小せぇ女だな。
これといって特に興味のない俺は、この先別にあの人と深く関わることもないんだろうな〜程度にしか思ってなかったんだ。
「広臣、隆二、ちょっといい?」
直人さんが二人を引き連れて目の前にやってきた。
「ゆきみさんこんばんは」
「あ、隆二くん!臣くんもー。ご無沙汰してます」
ペコっと頭を下げたゆきみさんは心なしか隆二に会えて嬉しそうに見える。
せめて岩ちゃんであって欲しいと思いながらも、隆二はいつも通りニッコリ笑顔を振りまく。
「ヒロミちゃんの変わりで、産休の間俺らのヘアメイクやって貰うことになった行沢奈々さん。ゆきみの学生のころからの友達なんだ」
なるほど。
だからゆきみさんを連れてきたんだ。
「初めまして行沢です。少しの間ですけど、よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるその姿にすぐに隆二が「今市です、よろしくお願いします」そう言って彼女に握手を求めた。
「登坂です。よろしくお願いします」
隆二に続いて俺も彼女の小さな手を握る。
一般人にしておくのが勿体ないくらい綺麗な人だと思った。
だからなのか自慢気に直人さんがみんなに紹介していて。
「綺麗な人だね」
そんなこと言う隆二も珍しい。
聞かれたら「綺麗」だとか「可愛い」とか躊躇なく答える奴だけど、自分からそう言うのは珍しい。
「タイプ?」
俺が聞くと眉毛を上げて笑う。
「そんなんじゃないって」
「ほんとかな〜?」
「いや普通に綺麗でしょ」
「まぁそうだけど…」
「臣こそタイプなんじゃないの?」
隆二に言われたけど、俺の心の中には今でもたった一人しかいない。
アイツと別れてからもう何年もたっているっていうのに、今でも忘れられない。
けどそれを口に出すなんて専らかっこ悪い。
「喋ってみねぇとな…」
自分がこんなに女々しい奴だって知られたくない。
でもいつだって俺の中にいるのはアイツだけ。
どんな人を見ても、心が動くことなんてないんだ。
誰にも言えない、俺の秘密。