思い出にできなくて2
「あ、すいません、起しちゃった?」
「出て行くのが見えたから…。隣いいかな?」
相変わらず距離のあるゆきみさん。
俺はニッコリ笑ってゆきみさんを迎え入れた。
「寒くないっすか?」
「うん。これ」
直人さんのツアーメンプロを羽織っていて。
「奈々、大丈夫かな?」
「え?」
「仕事、大丈夫そう?」
「ああ。全然大丈夫だよ!」
「ほんと?」
「うん。直人さん何も言ってない?」
「俺がいるから平気って言ってた。でもやっぱり一応みんなに聞かないと気が済まなくて。直人さんを疑っているわけじゃないけど、奈々は親友だから。私のいない所で奈々が嫌な思いするのはちょっと…。ってこれじゃあみんなを疑っているみたいだよね…ごめん」
「心配症だな、二人とも…。じゃあ直人さんじゃなくて俺が行沢さんのことちゃんと見てるから、ゆきみさんそれなら安心してくれる?」
「…うん、信じる」
この人も俺を信じてくれるんだって。
【臣くんのこと何も信じられないよ…】
目の前でそう言われて大泣きされた過去が辛かったわけでもないけど、好きな女に信じて貰えない気持ちって…直人さんには分からないのかな…。
このカップルを見ていると溜息ばかりが零れそうだ。
「すげぇ仲良いよね、行沢さんと」
「え?うん。大好き、直人さんと同じぐらい。可愛いでしょ、奈々!いつだって奈々は私の自慢なんだ」
「彼氏いるんだってね?」
息を吐きながら視線をゆきみさんに移した俺をジッと見つめる。
その顔は表情すら読めなくて…
「うん。奈々のことが大好きな彼氏」
「同級生でしょ?」
「そう。学校1のヤンキー!彼はすっごく大事にしている彼女がいたんだけど、彼女と別れて奈々を選んだの」
「へぇ〜」
「最初は戸惑っていた奈々も、色々あって彼が何をおいても奈々を優先してくれる人で…好きにならずにはいられなかった…って。私達の大恋愛…inハイスクール!」
「なるほど。”私達”ね…。てことは、ゆきみさんも大恋愛してたんだ?」
「…え?」
ピクっと頬が引き攣っていくのが分かった。
単にカマかけただけだけど、あながち間違ってねぇのか!
直人さん、ゆきみさんの青春時代は楽しかったみたいだよ!なんていつか言ってやろう。
「私のお話はいいよ。今は直人さんだけだもん」
俺から目を逸らすゆきみさんの背中をポンポンって叩く。
「結婚すんの?直人さんと」
「臣くん意地悪だなぁ〜」
「なんで?だって付き合う時そう言ってたじゃん!いずれは結婚も…って。言ってたよね?」
飲み会にゆきみさんを連れてきた直人さんが俺達に付き合うことを報告してくれて、その時に結婚も考えてる…ってそう言ってたと思う。
まだ俺には結婚なんてピンとこなかった…そう思っていたけど、結婚相手を逃した俺にはあの言葉を受け入れるなんて余裕はなかった。
ただ唯一、めちゃくちゃ忙しい時期の始まりだったせいか、そんな苦痛もすぐに忘れたけど。