可愛い小悪魔2
行沢さんに恋人がいるって分かってから、何となく彼女に対して引いていた一線が俺ん中から消えた気がした。
「登坂さん、とりあえずウーロン茶飲む?」
空になった俺のグラスを見てそう言ってくれて。
「いや、いい!俺ちょっと風にあたります。直人さんベランダ出てもいいっすか?」
「気をつけろよ〜」
「はい。それから行沢さん!…登坂さんじゃなくて”臣”でいいよ。俺だけ名字で呼ばれてるの嫌だし」
「え?…じゃあ…臣」
フって笑う。
いや、そういう時って「臣くん」とか「臣さん」とかじゃねぇの?って思ったけど黙ってた。
俺を「臣」って呼びつける行沢さんを見て隆二がどんな反応するのかちょっと楽しみで。
ガラっとベランダのドアを開けると、冷たい風が部屋に巻きこんできた。
「うわ、すげぇ風!ゆきみが風邪引いたらどーしよう…」
「直人さん、メンバーの心配は?」
「え?男はいんだよ。ゆきみが体調悪いと可哀想じゃん!」
「…あはは、もう、直人さんゆきみのこと大好きなのね!」
「うん、すっげぇ好き!」
へら〜って顔が浮かぶ。
振り向かなくても分かる直人さんの緩んだ顔なんて。
あんなリーダー俺達だけの前じゃ絶対に見れない。
でも今ここに行沢さんがいてゆきみさんもいるってことで見れるその顔を、やっぱり少しだけ羨ましく思えた。
真っ黒な空を見上げ小さく息を吐きだす。
「星、見える?」
ボーっと空を見上げていたら隣にあのシャンプーの香りがして。
柵に手を置いてる俺から一人分距離をおいて行沢さんがやってきた。
「好きなんだあたしも、星見るの…」
「見えねぇってこんな都会じゃ」
「チェー。残念。田舎が新潟でね、すっごい奇麗なの。一度ゆきみも一緒に行ったことがあるんだけど、真夜中に二人で抜け出して星見て歩いてたら、裏の川に落ちそうになって…」
「新潟かぁ〜。米うまそうだね!」
「今星の話だよ〜臣!」
ポカって痛くない行沢さんの鉄拳が俺の腕に落ちる。
思わずその手を取って見つめると、行沢さんが真っ直ぐに俺を見上げた。
「小せぇ手…」
ギュっと握ると「臣は温かいね…」ニコって笑うんだ。
「彼氏怒んない?他の男に手握られて…」
「言わないもん!」
「うわ、小悪魔じゃん!え、そうやってまさか浮気とか…」
想像したくないけど、そう思えちゃったから。
でもそんな俺に対して怒るでもなく、むしろ余裕と見れる表情で彼女は笑う。
「一度もないから!臣と違って…」
「いや俺も浮気とかしねぇし…」
「ほんとー?」
俺を見つめるその瞳は大きくてほんの少し潤んでいる。
ジュリとは全く違うその姿だけど、同じ香りってだけでちょっとだけ抱きしめたい衝動にかられるなんて。
「俺とする?彼氏に内緒で浮気…。いいよ奈々ちゃんとだったら…」
冗談でそう言う俺をキョトンと見上げている行沢さん。
でも…―――俺と繋がっているその手を一瞬キュっと強く握った。
何も言わずに強くギュっと…――――
その瞳にまるで吸い寄せられるみたいに顔を寄せる。
「ただいま―!」
聞こえたゆきみさん達の声に、パッと離れた。
「ゆきみ、お帰り!」
フワっと甘い香りだけを残して行沢さんの温もりが消えた。