同じ香り2



元美容師の俺はあのシャンプーがどれだか分かっている。

だからジュリと別れてから銘柄を変えた。

匂いは記憶を蘇らせる。




「全然違った…」

「へ?臣?」


収録を終えても尚、行沢さんの温もりが俺の身体に残っていて。

形も感触も全く違うその温もりが、どうしてか心地良かった。

楽屋に向いながら思わず漏れた言葉を拾った隆二はキョトンと俺を見ていて。


「腹減ったな」

「うん。飯行く?」

「おう、行こうぜ!」

「二人っきり?」


ニヤっていうか、ニコって笑う隆二は嬉しそうで。

メンバーの笑顔ややる気は自然と俺の力になっていくようだった。

ある意味立ち直れたのはこの世界に入れたからかもしれない。

あのバーにいたままじゃ俺は今でも浴びるように酒を飲み続けるしかしていなかったんじゃないかって。


「隆二…」

「ん?」

「サンキュー」

「は?なにが?」


当たり前に俺を不思議そうに見つめる隆二の背中をパシっと叩いて俺は答えを求める隆二を無視して楽屋に戻った。

今日の反省会をして何人かに別れてバンに乗り込む。


「奈々ちゃん一緒に乗ってけよ」


言ったのは直人さん。

ヘアメイクさんが同じバンに乗り込むことはほとんどないっつーのに。


「いえいえ、そんなご迷惑はかけませんって」

「いやでもゆきみいるし、飯作って待ってるし!今日は泊まりじゃん!」

「は!?泊まり!?え、直人さんいるのに泊まるのっ!?」


つい出た言葉。

専ら自分の意思じゃないと思う。

だけど何でか二人の会話は俺の耳に一々入っていて。

いきなり大声を出した俺に視線は当たり前に集まっていて。


「え、広臣も来る?」


何を勘違いしたのか、直人さんがそう言った。

来る?行く?え?


「自分もいいっすか、直人さん」


俺の言葉を待たずに横から隆二がそう言って。

え?なんで?

俺達行くの?…そう思いながら隆二を振り返った。


「行きたいよね、直人さんの家」

「え?…」


行沢さんが俺を見ているのが視界に入って分かる。

なんだよ…。

見てんなよ。


「臣と飯行こうって話してて。だったらゆきみさんの手料理のが…」

「俺も行きます!」


はいはーい!って片手を挙げてアピールする岩ちゃんに、直人さんは苦笑いでスマホのLINEを開く。


「俺は奈々ちゃんだけで十分だけど」


嫌味たっぷりそう言うけど、直人さんが俺らを拒否するなんてことは絶対にない。

そういう人だ。


「…いいよ、いいって。けどゆきみと奈々ちゃんに手出すのやめてね。特に岩田!はたまた今市!」


ジロって直人さんが睨んでるけど、なんてことないって顔の岩ちゃん。

隆二に関しては「俺もっすか?」なんて言ってる。


「あはは、ゆきみお気に入りだもんね、隆二くんのこと!」

「やっぱりそうなの?薄々そうじゃねぇかって思ってはいたんだけど、アイツ曖昧にしてやがってさぁ…」

「そっか〜俺気にられてんだぁ!」


鬚を触ってニンマリな隆二から目を逸らすと行沢さんと目が合った。


「登坂さん無理してないですか?」

「え?」

「賑やかですけど…」


大丈夫?…そう続きそうな行沢さんの言葉。

さっきの今で何となく行沢さんを直視できない。


「うん、俺も直人さんの服欲しいし…」


サイズ違げぇけど…。


「じゃあすいません。あたしもご一緒させてください」


そう言って行沢さんが俺達のバンに乗り込んだ瞬間、またあの香りが鼻についた。

抱きしめたくなる、甘いシャンプーの香り。

大好きで苦手な、香り…。







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