待てない!
主演映画が公開されて慌ただしい日々を送っていた。
事務所で会うとみんな「映画よかったよ!」そう声をかけてくれるメンバーであり先輩、後輩、スタッフ。
だけど直人さんだけは物凄い心配をしていた。
それは直人さんとゆきみちゃんとの間に色々あったからで、分かるけど。
俺とユヅキはまた違うんじゃないかって思ってる。
そもそもゆきみちゃんとユヅキは全然違うし。
今日はマツさんの第1子誕生祝いで事務所のレストランを貸し切ってお祝いが繰り広げられていた。
俺達は三代目のメンバー会議を終えてそこに向かう。
マツさんの計らいで、みんな彼女を連れてきていいってことになっていて、ユヅキも参加することになっていた。
「岩ちゃんユヅキちゃん大丈夫?」
「……直人さん今日3回目ですよ?マジで大丈夫ですから!」
既に映画を見終わっていたユヅキ。
お見送りのキスとベッドシーンはすごく羨ましかったけど、ヒロインの生活には共感できるものがあったから楽しかったよ!
ほら、ちゃんと感想もくれて。
だけど分かってなかったんだ。
それを身を持って知るハメになるなんて。
「遅れましたー!!お疲れっす!」
そんな直人さんの掛け声と共にレストランに入ると既にユヅキたちの姿がそこにあって。
ゆきみちゃんと臣さんの彼女の奈々さんも来ていた。
俺達がそこに行こうと歩いていたら「え」目の前でユヅキが眞木さんにギュッと抱きしめられたんだ。
呆然と立ち尽くす俺に、敬浩さん達は爆笑している。
「あれ?台詞なんだっけ?ひきがね?ひきがねひいたのそっちだからな?だっけ?」
ユヅキを離すことなくそんなことを言ってる眞木さんはあきらか酔っていて。
この人達いったい何時から飲んでるの?
やれやれ!ってマツさんの煽りに、眞木さんがユヅキにゆっくり顔を近づける。
ハッとして慌てて俺はそれを止めに入った。
「眞木さん!眞木さん、あの僕の彼女です、ユヅキは」
ユヅキの身体を抱き寄せてそう言うと歓声があがった。
「よっ、色男の登場だよっ!!」
眞木さんはすんなりユヅキを離したけど、こいつ絶対喜んでるじゃん!
顔赤いじゃん!
知ってるから俺、ゆきみちゃんの話で、ユヅキがずっと眞木さんのファンだってことも。
あー何か腹立つ。
「岩ちゃん会議お疲れさま」
俺を見てニッコリ微笑むユヅキに正直ホッと安心できる。
癒されるっていえばいいのだろうか、ユヅキは俺に常に安らぎを与えてくれるそんなかけがいのない存在だ。
だけど、腹立つ。
「何してんだよ」
「え?ちょっとふざけてただけだよ」
「ふざけて抱きしめられてんの?」
こんなこと言いたいわけじゃないけど、何でか止まらなくて。
俺の強めの口調にユヅキから笑顔が消えた。
「岩ちゃん?」
「俺は仕事でやったんだけど。そーいうの冗談でやることじゃなくない?」
ついムキになって言った言葉だったけど、後から冷静になって考えれば絶対言っちゃいけない言葉なんじゃないかって。
この時の俺にはそんな冷静さなんて1ミリもなくて。
「分かってるよ、岩ちゃん…」
悲しそうに俯くユヅキの心のモヤモヤにすら気づいてやれない。
そんな気まずい空気の中、ユヅキとモヤモヤした関係のままこの宴は俺達の気持ちを無視して続いたんだ。
ようやくお開きになってユヅキと2人でタクシーに乗った。
なんで俺達だけこんな空気醸し出さなきゃなんないの?って思いながらも、ユヅキに強く言ってしまった手前後には引けなくて。
何も言わないユヅキは何考えてるわけ?
家に着く頃には俺のヤキモチとイライラはマックスになっていて、玄関に入った瞬間ユヅキを壁に追い込んだんだ。
「え、ちょっと待っ…」
「待てない!」
「………」
「俺は、待てない!」
自然と出た言葉だった。
だからなのか、一瞬で冷静さを取り戻したような気がして。
考えれば簡単なことなのかもしれない。
だけどやっぱり日本人は言葉が足りないんじゃないかって思うんた。
そもそも映画の樹は「待たない!」だったかもしれないけど、岩田剛典は無理だよ、待てねぇよ。
俺を見つめるユヅキの瞳が小さく揺れる。
困惑しながらも近づく俺を受け止めるユヅキに、苦し紛れなキスをした。
「ごめん、嫌なやり方…」
首を左右に振って否定するユヅキをそのまま強く抱きしめた。
自分でも不確かで。
ユヅキの気持ちも俺の気持ちも。
「岩ちゃんあのね…やっぱり私ちょっとモヤモヤしてる。自分で見に行ったくせにって思われるかもしれないけど、やっぱりまだ全部を消化しきれない…」
「うん。俺もちょっと分かった、そーいうの。眞木さんにふざけて抱きしめられるのもわかってたんだけど、それでもやっぱ俺もムカついた。そうせざるを得なかった状況に。全部俺のせいだ、俺が悪い……」
ユヅキの髪に顔を埋める俺をゆっくりとユヅキが抱きしめ返してくれる。
安心できるその温もりに俺は目を閉じた。
「だけど一つだけ分かってることがあって、」
「……ん?」
「ずっとユヅキを思い浮かべて演じてた。目の前にいる相手にユヅキを重ねてやってたよ俺…」
ふわりと距離を開ける俺を見つめるユヅキ。
その頬に手を添えてプニッとするとほんの少し笑われた。
「そう、なの?」
「うん。だから自分を抑えるのに必死だった。でももう抑えない……誰にも何にも邪魔させない。……好きだよユヅキ。すげぇ好き……もう待てねぇ…」
ユヅキのモヤモヤがすぐに消えることはないと思うけど、言葉にできない苦しさは少なからず分かってあげたい。
直人さん、俺とユヅキは2人で乗り越えてみせるから安心してください。
そうLINEを送って電源を切ったんだ。
*END*
Special Thanks Love EMI