好きになったら困りますか?
「麻美ちゃん悪いけどこれ健二郎に渡しといて貰える?」
「てっちゃん先輩!はーい、承知しました!ケンジまだ来てないんです、すみません」
「はは麻美ちゃんが謝ることないよ。昨日遅くまで連れ回しちゃったの俺だし!」
「えっ!?ケンジの奴、てっちゃん先輩と飲んでたんですかっ!?」
「んーまぁそんなとこ!」
「あたしも誘え!ってあれだけ言ったのに裏切り者!!」
…悔しそうな顔で俺を見つめるその姿に、思わず頬を緩ませた俺は、麻美ちゃんの頭をポンッとしてこう続けたんだ。
「麻美ちゃんとならいつでも2人きりで飲みに行くよ俺!」
「えっ!?ほんとにっ!?嬉しい!じゃあ連れてってください!」
健二郎の出勤前を狙ってわざわざ早く来るのもキミに逢って話がしたいから…―――――
いつからだろう、俺が麻美ちゃんをそーいう目で見始めたのは。
「哲也さん自分、麻美と別れました…」
あの日、酔い潰れる寸前に後輩の健二郎の口から出たその言葉に、俺は申し訳ないと思いながらも嬉しかったのかもしれない。
「珍しいね、てっちゃんから呼び出しなんて!」
そう言って飲み屋に入って来た同期の直人とその彼女のゆきみ。
続いて後輩の今市。
最近麻美ちゃんと仲がいい今市も呼んでみた。
何か話が聞けるかもしれないって。
「部署変わるとそう会えないしたまにはね」
まるでとってつけたかのような言葉にクスって笑ったのはゆきみで。
もしかしたらゆきみは俺の気持ちに気づいているかもしれない。
はたまた麻美ちゃんから何か聞いているのかも。
「あー俺もてっちゃんに報告することあったからちょうど良かったよ!な?」
直人が俺の前で嬉しそうな声を出した。
あれお前らもしかして、
「哲也さん、今市。俺とゆきみ結婚することになりました!」
そう言って笑顔を見せる直人。
あーそうか、やっぱりな!
「おめでとう直人、ゆきみ」
「マジっすか、おめでとうございます!」
「「ありがとう」」
嬉しそうに微笑み合う2人に、心から祝福の拍手を送りたい。
「いいなぁー。自分も結婚する相手、ほしいっす」
イケメンなのに今だ彼女がいない今市だけど。
「麻美ちゃんとか仲いいよね?」
先手必勝、俺は密かに本題を切り出した。
今市は一瞬キョトンとした顔で。
「麻美ちゃん?健ちゃんの麻美ちゃんですか?」
いやそれとっくに終わってるから。
「まぁそう。健二郎とはもう別れてるけど」
「この前飲みましたよね、ゆきみさんも一緒に!」
今市の言葉にゆきみはニッコリ微笑む。
「俺と臣と4人で!」
「えっ!?4人!?」
口を挟んだのは直人で。
ちょっと不満そうな顔でゆきみと今市を交互に見ている。
「あは、バレたか!麻美ちゃん最近りゅーりゅーお気に入りで。登坂は元々かっこいいって言ってたんだけどね!だから隆二くんとお近付きを含めた飲み会!」
「それ一言も聞いてねぇ俺…」
「ごめんね今言ったかも!」
そんなゆきみの言葉に不満顔になるのは直人だけじゃなくて。
登坂は元々かっこいいだと!?
…やっぱ麻美ちゃんイケメン好きじゃねぇか。
「今度さしめし行こうって!喋りやすいですよね麻美ちゃん!普通に可愛いし!でも臣が麻美ちゃん気に入ってるから俺はいかないっすよ」
まるで分かっていない今市が俺に追い打ちをかけた。
悪循環、逆効果。
今市ごめん、帰って…とは言えず。
無言で乾杯のビールを飲み干した俺を見てゆきみがクスっと笑ったんだ。
やばい、このままだと登坂にとられる!?
こうしている間にも今日、今、麻美ちゃんと登坂がさしめしいってたら?
「あ、麻美ちゃんからLINEだ!」
「え?」
「ふふふ、私と麻美ちゃん毎日LINEしてるからぁ!この前なんてたまたま朝にLINEが来なかったら、しばらくしてから、ごめんなさい朝の挨拶忘れてました、あたしとしたことが!って、始業寸前にLINEきてねー!ほんと可愛いよねぇ!登坂も満更じゃなかったもんなぁー」
要件を教えてくれない気だな、こいつ。
全くどーいう教育してんだよ直人!
俺は内心イラっとしながらもゆきみにニッコリ微笑んで聞いたんだ。
「で、麻美ちゃんから何の用だった?」
「んーっとね…」
ゆきみのLINEを一緒に覗き込む直人。
どっちでもいいから早く教えてよ!
「ああ健ちゃんとご飯行くからゆきみさんもどうですか?って。ついで直人さんもどうですか?って、」
「ついでかよ、俺…」
うわ、そっちか!
「別れたように見えませんよね、あの2人。俺健ちゃんはじつはまだ麻美ちゃんのこと好きなんじゃないかって…」
今市が遠慮なく飯をパクつきながら余計な言葉を並べる。
「あは、そこはちゃんと別れてる。健ちゃんがどうなのかは知らないけど麻美ちゃんは健ちゃんのこといい友達って言ってたよ。まぁ同じ会社だと会うこともあるし一緒になることもあるからそーいうもんじゃない?ちなみにイケメンが好きなのはもう昔っからだよ!」
「あ、この店じゃない?麻美ちゃんと健二郎!」
直人の言葉に俺はここ一心拍数があがった。
「ほんとだ!同じ店だ。呼んじゃおっか!」
「自分迎えに行きますよ!」
席を立とうとした今市の手を止めて「俺が行く!」そう言ったんだ。
コートも着ずに何も持たずに外に出た。
うわ寒っ!!
今日こんな寒かったっけ?
思わず身震いすると「てっちゃん先輩!?」澄んだ声に視線を向けた。
健二郎と腕を組んでいる麻美ちゃん。
うわそれ凹むー。
「哲也さん!何してんすか?」
惚けた声で俺をまじまじと見る健二郎と麻美ちゃんの繋がっている腕を無言で剥ぎ取った。
「麻美ちゃん話がある。健二郎先に行ってて」
俺を一瞥した健二郎は、「了解っす」そう言って店の中に入って行った。
「てっちゃん先輩、コートも着ないで寒いじゃないですか!」
そう言って自分の首に巻いていたマフラーを背伸びしながら俺の首に巻き付けた。
そんな麻美ちゃんにほんのり見とれていた俺に彼女が言うんだ。
「てっちゃん先輩身長175cmですよね?知ってますか?恋人との身長差ってちょうど15cm差がいいんですよ。ちなみにあたし160cm…ピッタリですね!」
嬉しそうに笑う麻美ちゃん。
あーだめだ、俺この子に勝てない。
いつも麻美ちゃんのペースに持ち込まれる。
でもそれがすげぇ心地良い。
「恋人の距離ね俺達…」
ふわりと抱きしめた。
抵抗せずに俺に抱きしめられてる麻美ちゃんからは何か分かんないいい香りがして。
「てっちゃん先輩って甘えん坊?」
なんて余裕の声まで聞こえる。
もう何でもいいんだよ、麻美ちゃんの前なら。
どんな俺でも麻美ちゃんのこと好きだって気持ちに嘘はつきたくない。
「好きだよ麻美ちゃん」…言うつもりでほんの少し彼女を離す。
肩に手を置いて距離を作った俺を見つめる麻美ちゃんは、少し頬を赤く染めているようにも見えて。
健二郎でも今市でも登坂でもない、俺を見て欲しい。
「好きになったら困りますか?」
「え」
俺まだ何も言ってないよね?
俯いていた顔をあげて麻美ちゃんが俺を見ている。
「てっちゃん先輩のこと、好きになったら困りますか?」
まさかの麻美ちゃんからの告白。
「困るっていうか…」
「………」
「好きになってくれないと、困る!」
「先輩…」
「俺が言おうとしたのに。麻美ちゃんが好きだよって…先に言われちゃったよー」
「あはは、先に言っちゃいました!だって誰にもとられたくなかったんだもん!てっちゃん先輩のこと!」
そんなの俺も一緒だよ。
麻美ちゃんこと、誰にもとられたくないし、誰にも渡すつもりないから。
頬に手を添えるとその手に自分の手を重ねる麻美ちゃん。
「俺も同じこと思ってる」
「てっちゃん先輩大好き!」
「俺のが大好き!」
ゆっくり近づく俺に唇が触れ合う少し前、麻美ちゃんが「あっちなみに、キスしやすい身長差は12cmなんですよ!ゆきみさんと直人さんの身長差羨ましいですー!」…それ今必要?まぁでもそれが麻美ちゃんだよね。
「それ間違ってる。キスしやすい身長差は2人の気持ち次第じゃない?俺今麻美ちゃんとキスしたい…」
「…あたしもしたい!」
元気よく言う麻美ちゃんの首に手をかけて横から顔を覗き込むようにキスをした。
数秒たって唇を離すと麻美ちゃんが言ったんだ。
「てっちゃん先輩。キスしやすい距離も15cm差じゃないですか?」
「だろっ!」
2人で笑うと、俺達はまた甘いキスを繰り返したんだ。
*END*
Special Thanks Love ASAMI