お前は俺の宝物

4月から社会に出る。

今までバイトはそりゃしたことがあるけど、社会人として会社で働くのは初めてで、私なりに緊張もしていた。

そんな私の不安を読み取ったのか…「社会人のお祝いしよーぜ!」そう言ったのは大好きな啓司さん。

歳だって10歳離れているけど、私にとって啓司さんはそんなこと関係ないくらい、いつだって私に寄り添ってくれるそんな素敵な人だった。

忙しい中そう言ってくれた啓司さんは飲み仲間で私をいつも笑かしてくれる直人さんと健二郎くんを引き連れてご飯屋さんへと連れて行ってくれたんだ。


「新社会人かぁ〜若いなぁユヅキちゃん!」


直人さんが上機嫌でレモンサワーを飲んでいて。

健二郎くんはお酒が弱いから最初の乾杯だけビールを飲むと、すぐにウーロン茶に切り替わった。

啓司さんは車で来て私を送ってくれるみたいで、ずっとウーロン茶で。


「かっこええ上司もいっぱいおるんちゃう?ユヅキちゃん可愛いから危ないなぁ〜」

「…健二郎に心配されたくねぇな〜」


啓司さんが焼き鳥を豪快にかぶりつきながら、ポンって私の頭を撫でた。

この大きな手が大好きで、啓司さんの優しい笑顔にいつも年下ながら癒されている。

こうやって直人さんや健二郎くんがいると、話は決まって私の知らない所へとワープする。

それでもその話を私の前で堂々としてくれるってことが私には嬉しくて、どんなに知らない話でも笑って聞いていられた。


「私おトイレ行ってきます」

「大丈夫?」


立ち上がった私の手をギュっと掴んで見上げる啓司さん。

普段啓司さんを見下ろすことなんてほとんどないせいか、その上目使いにちょっとドキっとしてしまう。


「うん、平気」

「心配だからスマホ持って行って。何かあったらすぐ呼んで」


何故か自分のスマホを私に渡す啓司さん。


「これ啓司さんのだよ?」

「いいよ。何かあったら直っさんにLINEしたら飛んでくから!」


ちょっとズレている啓司さんの発想はいつも面白くて。


「ついでに浮気してないかもチェックしちゃっていいから〜」


そんな直人さんの言葉に「してねぇよ!」笑いながらに啓司さんが答えた。



――――そうやって楽しい一時はあっという間に過ぎていき。


「じゃあ啓司さんありがとうございました。ユヅキちゃん新生活頑張ってな!」


ポンって直人さんが私の頭を撫でてくれた。

ウーロン茶しか飲んでいないはずの健二郎くんは、途中で直人さんと啓司さんの二人がウーロンハイに変えたみたいで、ものの見事に途中で寝てしまい、直人さんが面倒くさそうに背負ってタクシーに乗せた。


「ありがとうございました」


小さく頭を下げた私と啓司さんに手を振って、夜の闇に消えて行く直人さんと健二郎くんのタクシーを見送ると、すぐにキュっと啓司さんの手が私の指に絡まって。


「んじゃ俺等も帰ろうか」


車を停めてある駐車場へと歩いた。

助手席に座ってシートベルトをつけると、ゆっくりと発車する啓司さんの車。

車内は静かで、ラジオから流れる洋楽を二人で聴いていた。


「今日楽しかった?」


家に近づいてきた頃、啓司さんが私を見てそう聞いた。

つぶらな瞳が私を真っ直ぐに見ていてキュンっと胸が高鳴る。


「うん、すごく。相変わらず仲いいね、直人さん達と」

「まぁね〜」

「不安も飛んでいったよ、啓司さんのお陰で」

「ほんと?」

「うん」

「よかった!」


ポンポンって又優しくて大きな啓司さんの手が私の頭に触れたら、車は私の住む家の前で止まった。

お別れの時間にほんの少し寂しくなる。

またすぐに逢えると分かっていても今この瞬間が離れがたくて…


「啓司さんありがとう」

「ユヅキ」

「え、はい?」

「今日思ったことがあって…言ってもいいかな?」


どうしてかかしこまってそんな言葉。

いつも突拍子のないことを言う啓司さんだからきっとまた可笑しなことを言うんだろうって、そう思って頷いたんだ。

フワって手が私の頬を掠めて、啓司さんの甘い言葉が私に届いた―――



「ユヅキといることが幸せ。お前は俺の宝物。大事にするからこれからもずっと側にいてね」

「………」


瞬きを繰り返す私を覗き込むように見入る啓司さん。

まさかそんな言葉を貰えるなんて思いもしなくて…だから…「ズルイ啓司さん…」胸の奥がキュウって痛い。

喉の奥とか鼻の奥とか痛くて、涙が出そうになってしまう。

宝物なんて…そんなこと言われたのは生まれて初めてで。


「あれ?伝わってない?」

「違う…嬉しいすごく…」

「よかった」


ちょっと身を乗り出して啓司さんが私を抱きしめた。

そのまま至近距離で見つめ合ってチュって小さなキスを落とす。



「ずっと側にいる…ずっとずっと」

「うん。ずっとな」


社会に出ることに不安がないわけじゃない。

これからきっと色んなことを経験していくんだと。

それは私一人じゃ抱えられないようなこともあるかもしれない。

でも私には啓司さんがいるんだって。

それだけで強くいられるんだって…


「おやすみなさい」


そう言って車から降りると、プーって短いクラクションを鳴らして啓司さんが帰って行った。

さぁ、頑張ろうっと!!





*END*

Special Thanks Love RINGO