私を見て!

どうしても言いたくて、でもなかなか言えない言葉がある。


恋は苦しい…―――それに気づいたのは大人と呼ばれる20歳をとうに過ぎてからだった。




「ゆうちゃん、今日行く?」


同期のゆきみと社内で会った時そう聞かれた。

今日は後輩の結婚を祝ううちわのちょっとしたパーティーがあって、それにみんな参加する為に朝から面白いくらい仕事が進んでいた。


「うん、行くよ。ゆきみも行くでしょ?」

「うん!勿論!一緒に行こうよ!」

「OK!」

「わたし…絶対にブーケ取って直人と結婚してやる!!」


花嫁のブーケトスなんてじつは今時主流じゃなくなってきていた…―――ものの、ここにいた物凄い念力持ってるのが!


「ゆきみと直人くんは時間の問題だって。だって見てて分かるもん、直人くんがゆきみの気持ちを楽しんでるの…」


人が幸せになるのは嬉しいことだから私だって喜ぶべきことだけど。


自分の恋愛に余裕を持てる程自信はなくて、だからパーティー会場で良平が他部署の女と仲良く話しているのを見て泣きそうになった。

良平とは別の飲みの席で隣り合わせた時に話す…というか、私の一目惚れ的な感じだった。

同じ部署の哲也と仲が良かったらしく、そのツテでよく一緒に飲むようになっていて。


「いやでもさぁ…良平くんも直人と似てない?」


シャンパン片手にローストビーフの切り分けに並びながらゆきみがそう言った。

なんのこと?私が首を傾げると「さっきの話!わたし良平くんこそ、ゆうちゃんの気持ち分かってるんじゃないかって思うんだけど…」…そんな言葉。


「なになに、恋バナ?」


ゆきみの後ろ、顔を見せたのは敬浩で。

前の部署で一緒だったこともあり、社内でもよく話せる人だった。

どうせ敬浩には私の気持ちもバレてることだろうし…。


「たかぼーそれ食べたい!」


手に持っていたチーズの乗ったクラッカーを口を開けて待っているゆきみに、敬浩がそれを口の中に入れてあげた。


「あ…ゆきみ、直人くんガン見してらぁ!」


敬浩の言葉に視線をそっちに向けるとゆきみ…というか敬浩を若干睨んでいるような直人くん。

全く子供みたい。

嫌ならゆきみの気持ち受け止めてあげたらいいのに…なんて思った。

でも、直人くんのすぐ後ろ、他部署の女との雑談が終わったのか、哲也と三人でそこにいるのは良平で。

あっち、行きたいな…

そう思った私の想いが届いたのか…ワインを持った3人がゆっくりとこちらに近づいてきた。


「ゆう似合ってるね、そのイブニング!いつも以上にセクシーでいいよ」


口火を切ったのは哲也。

哲也に褒められると悪い気はしない。

レストランを貸し切ってのパーティーで、男性陣もネクタイの色がキラキラになっていたりで、ほんの少し正装しているのが可愛い。


「ありがとう…」


そう言って私は良平を見た。

目が合った良平は「ふうん」って言ってすぐに視線を逸らした。

いつもと違う私を見て何も言ってくれない男よりも、こうしてちゃんと口に出してくれる哲也の方がいいんじゃないかって…思ったこともある。

現に哲也はこんな私を「好きだ」ってそう言ってくれたりもして。

でもそれでもやっぱりどうしても私の中には良平しかいなくて。

どんな良平であっても、私の心を満たしてくれるのは良平しかいない…気がする。


「良平くん背高いからスーツ似合うよねぇ〜」

「だろ!直人や哲也と違って俺、背高いからさぁ!」


わざとそう言って場を盛り上げる良平のそんなところも好きで。

そういうことにも一々笑ってしまうんだ。


「ゆきみ、直人くん泣きそうだけど?」

「え?わたしは真実を述べただけで。てっちゃんに関しては顔がいいからカバーしてるけどね半分以上!そこはたかぼーも一緒か!」


ニコって笑ってゆきみが敬浩の腕に巻きつく。

たぶんわざと直人くんに妬かせようとしているんだろうなぁ〜って。

私にはそういう駆け引きなんて出来ないからいつも直球なんだけど。

その直球も良平相手にはなかなかうまくできなくて。


「そういやゆう、お前この前の韓国土産…うまかったよ」


突然何を思ったのか良平がそんな言葉を言ってきて。


「また買ってくるね」

「いや…」

「え?」

「楽しかったか?LIVEは…」

「え?うん…まぁ…」

「ふうん」


何なんでしょうか…。

この意味不明な会話は…。


「良平くんてばヤキモチ?ゆうちゃんがシナに夢中なの気に入らないんだ?そうでしょ?」


ゆきみの言葉に目が飛び出そうになった。

ゆきみの言葉に「はぁ!?」ってオーバーなリアクションをする良平だけど、若干その目は泳いでいるように見えて。

哲也も敬浩も直人くんまでが、ニンマリと笑っている。


「ばっか、そんなわけねぇだろ!」


大声で否定されてぶっ倒れそうになるけど…。


「じゃあ何今の?ゆうちゃんが韓国行く時も何かブーブー文句言ってたよね?」

「だから、言ってねぇよ!つーか治安が悪いから心配しただけだろが!!」


ムキになってそう言った後、ハッとしたように良平は言葉を止めた。

こんな感情的な良平は初めてで…私の中の良平への想いも身体の奥底から溢れてくる。

イライラ感満載で、この場から逃げようとする良平を追いかけて私も着いて行く。


「待ってよ良平!」


そう言って彼の腕を掴むと、長い足を止めて振り返った。

きっと不器用なのは私も良平も一緒で。


「なんだよ…」

「分かってよね?私の気持ち…」

「………」

「こう見えても…哲也に好きだって言われたんだよ…」


私の言葉に思いっきり目を開けて私を見下ろす。

どうやら本当に知らなかったみたいで。


「でも断った。だって私の中には一人しかいないから…。どんなに拒否されても私、諦めないから…ていうか、諦められないの…だからお願い…」


そう言って大きく息を吸い込んだ私はギュっと良平のスーツの裾を引っ張ってほんの少し彼を引き寄せた。


「私を見て!!」


ずっと言いたかった言葉。

何度も言おうと思って喉まで出かかったけどあと一歩が出せなかった言葉。

やっと言えた…

私を見下ろす良平は少し眉毛を下げて困った風で。

普段滅多に見せないその顔に一瞬にして不安が過った。

せっかく踏み出したこの大きな一歩…どうか見捨てないでほしい…


「ゆうも分かってんだろ?」


ポンって良平の手が私の肩に乗って、屈むように顔を寄せた。


「ずっと見てたよゆうのことだけ…」


耳元で聞こえた声に視線を合わせると、少し照れた良平の顔が小さく重なったんだ。


大人になってからの恋は苦しいけど…――――やっぱり最高に幸せだって。





*END*

Special Thanks Love YU