俺の心、全部お前のもんだから
映画やドラマの世界みたいに、言われてみたい…―――
ロマンティックな台詞を。
とびっきり甘いシチュエーションで…。
そんなの夢のまた夢のお話だけど…
「ねぇ…」
「え?」
「ハル最近いつやった?」
…お昼休み。
社員食堂の窓際のカウンターを陣取ってそんな質問。
大好きな憧れのゆきみ先輩はアッサムを飲みながら何故かコソコソとわたしの肩に近寄ってそんな言葉を投げた。
一瞬なんのことかさっぱり分からなかったものの…―――「え?やるって…」もぞもぞ答えるわたしを見てジロっと睨みつけられた。
これは先輩の照れ隠しで、怒っている訳じゃないってことに、最近気づいた。
「先輩、やったの?」
「黙れ!この野郎!」
ムギュって口を手で押さえ付けられてタコ口になったわたしを哀れな目で見る先輩。
「お昼?」
そんなわたし達に…というよりはゆきみ先輩に声をかけてきたんであろう直人さん。
ゆきみ先輩と友達以上恋人未満な関係の頼れる先輩で。
その後ろには電柱みたいにボーっと突っ立っている直己。
思わず顔をしかめるわたしを見て、細い目でジロリと睨み返された。
「直人!うん。あ、隣座る?」
「うんうん、サンキュー」
そう言って嬉しそうにゆきみ先輩の横に座る直人さんは、いつも以上に距離が近くて…だからふと思う。
「え、ゆきみ先輩、直人さんと?」
口を告いで出たわたしの言葉に、ここ一ってぐらい鬼の形相のゆきみ先輩がそこにいた。
これは違うんだ!って。
わたしとしたことが…「ななななんんでもございませんんっ!!」わたしが慌ててそう言うと、何故かわたしの隣に直己がガシャンっと定食を置いて座ったんだ。
それからわたしを見て「ばーか」なんて言うんだ、その口が!
「なによ、直己…」
「別に。ばかだなって思っただけだよ」
「ばかじゃないよ!」
「ばかだろ」
「直己に言われたくないよ」
フンって鼻息荒く珈琲を飲みこんだら思いの外熱くて、ブハッと吹きそうになった。
もう直己を見るのが嫌だからゆきみ先輩の方を向いたら、そこには先輩と同期のケンチさんが来ていて、仕事の話をしている。
そのケンチさんを見て思う――――やっぱりかっこいいなぁ、ケンチさん。
そう思って見ていたのが伝わったのか、わたしに気づいたケンチさんが「ハルちゃんこんにちは」丁寧に頭を下げてくれた。
「こんにちは…」
そう言うのが精一杯で。
だって、ケンチさんのすぐ後ろ、そこにいるのは社内でも公認のケンチさんの彼女さん。
小さくて女らしくて、わたしとは正反対もいいところ、かけ離れている。
それを唯一知っているのはゆきみ先輩だけで。
「分かったー。ありがとう橘!じゃあまた後でね。ハナもまたね!」
彼女さんも同期で、ゆきみ先輩のお友達。
いい人だからわたしがそこに入り込む隙なんて当たり前にない。
小さく溜息を零すわたしにポンポンってゆきみ先輩の手が背中を叩く。
先輩は口は悪いけど心の温かい人で、こういうことに一々泣きそうになるんだ。
「お前まだ好きなの?」
そんな泣きそうだったわたしに届いた直己の声。
キョトンと直己を見るわたしに届いたその声。
…―――え。
目を思いっきりかっぴろげて直己から離れるわたし。
ゆきみ先輩の腕に掴まって直己をジッと見るわたしを、面白そうに見ている直人さん。
「ハルさぁ、オキちゃんが私のこと好きだと思ってない?」
不意にゆきみ先輩にそう言われて…。
ごもっともだった。
直己はいつもゆきみ先輩の後をちょろちょろついて回っていて。
直人さんに適うわけないのに…って。
コクっと頷くわたしを見て、直人さんが眉毛を下げて小さく笑う。
「直人さん、やめましょうその話は…」
焦ったように直己がそう言ってて。
珍しくそんな動揺している直己を見て、この人も感情があるんだって思った。
でも次の瞬間、ゆきみ先輩が手帳を広げてそれを直己の前に差し出した。
「…え?」
「いいから!」
「…はぁ?」
「いいから読めよ、これ」
ドスのきいたド低い声でそう言うゆきみ先輩に直己がゴクっと唾を飲み込んだんだ。
次の瞬間、視線はわたしで。
「…俺の心…全部お前のもんだから…」
…はい?
さっぱり意味が分からないって顔のわたし。
目をパチパチさせてみるけど何も分からないわたし。
「ハルー。オキちゃん嘘つかないって!そこだけは長所だってさぁ!よかったね!」
パシって痛くないシッペが飛んできた。
若干ゆきみ先輩の言葉の意味が分からなくて。
隣の直己はどうしてか赤くて…。
「…え、キモイ…」
「お前!!」
大口開けて怒る直己。
それでもわたしを見つめる瞳は柔らかくて…。
「こ〜い〜しちゃったんだたぶん〜きづいてな〜いでしょ〜おお〜!」
ゆきみ先輩がニコニコしながら歌ってるけど…。
「ハルちゃん直己のこと、よろしくな」
直人さんに勝手に言われたけど…。
わたし、わりとケンチさんが好きなんだけど!!
「今ので橘のことちょっと忘れられたでしょう?」
ゆきみ先輩に言われて…「う、うん…」そう頷いた。
そもそもその台詞…この前ゆきみ先輩に「どんな台詞を言われたい?」って聞かれて無理やり絞って出した台詞で…。
「直己に言われるとは思わなかったんだけど…――――でも、ありがと」
わたしがそう言うと、直己が小さく笑ったんだ。
その笑顔を見て、心の奥底に小さな花が咲いた気がした――――。
*END*
Special Thanks Love HARUKA