出逢い 4
凍りついたような空気とはこのことなのか。
私は動揺をうまく隠しきれていなくて。
こんな無様な自分をこともあろうか、大好きな直人に見られてしまったことが悲しい。
自分の荷物を持つと私はこの場にいるたっくんと直人と今市くんに頭を下げた。
「すいません、帰ります」
こんな状況じゃなかったのなら、直人とたっくんが知り合いの訳を聞きたかったけど。
あわよくば、一緒に飲んでみたかったけど。
「一ノ瀬さん、ごめんね、ほんとに」
あくまで自分が悪いってたっくんの言葉さえも今は聞きたくないなんて。
私はたっくんを見てニッコリ微笑むと「ラッキーdayだよ、今日は!また連絡するね!!」そう言って、それから後ろの直人に視線を移した。
「ご迷惑おかけしました。本当にすみません、空気悪くしてしまって。あの私、今言うことじゃないかもですけど…ファンです!応援してるんで頑張ってくださいね!」
私の言葉に直人は困ったように眉毛を下げた。
何かを言おうとしたかもしれないけど、もう早く帰りたくて私は直人の横をすり抜けるように歩いて行ったんだ。
お会計を済ませてやっと飲み屋の出入り口から外に出た。
冬の寒さが身体に突き刺さるみたいで、一人になった安心感からか、一気に涙がこみ上げてくる。
きっと今時中学生でも平気だろうに。
恋愛感情のない人からのキスなんて、どうってことない。
だけど私、演技でキスは絶対にできないな、って知った。
すぐに電車に乗る気にもなれなくて。
そもそもこみ上げてくる涙を今更我慢できなくて、飲み屋の入口の隣にある壁に寄りかかって気持ちを落ち着かせていた。
「やっぱり…」
そう聞こえたのは、それほど時間が経っていなくて。
ていうか、なんで?
目の前にいるのは、今一番逢いたくない直人で。
「やっぱり泣いちゃうよね、大丈夫?」
そんな優しい言葉、いらないのに。
私を隠すみたいに壁に追い込む直人。
「止めてください。優しくされたら勘違いするだけです。ほっといてください」
すでに涙を我慢できていなくて。
ポロッと溢れてしまう涙を自分で拭うけどまたすぐに流れてしまって、また拭った。
直人は小さく首をヨコに振って「拓にはちゃんと言っとくから。オレ優しくなんてないよ。けど、ほっておけない、そんな泣きそうな顔されたら…」何をするわけでもなく、ただ傍にいてくれた直人。
もちろん私には指一本触れないで。
涙を拭いもしなきゃ、抱きしめることすらない。
けれど、隣にいてくれる安心感は半端なくて。
こんな最悪な出逢いだけど、私は今日のプライベートな直人を一生忘れないんだと思う。
「ありがとうございました」
タクシーに乗る私を見送ってくれる直人。
「心配だから、ついたら拓に連絡して。オレも見るから…」
「はい」
「きみに合う奴絶対いると思うから」
「え?」
「おやすみ」
「あ、おやすみなさい」
パタンとタクシーのドアが閉まって直人が小さくなっていく。
寒い冬の夜、直人と出逢った私。
でもまるで夢だったかのよう、それから直人と逢うことはなかったんだ。