HERO 6
「あ、たっくんごめんちょっと電話!」
規制退場の途中で直人から電話がかかってきた。
「もしもし…」
【ゆきみ、まだいる?】
ちょっとだけ慌てたような直人の声。
「うん、まだ退場に引っ掛かってる」
【ラッキー。んじゃ戻ってきて!】
「…へ?どうやって?」
【あ〜とりあえずスタッフ一人行かせる。どこにいる?】
なんだ、なんだ。
キョロキョロその場を見回して場所を確認するものの、ここがどこなのかはさっぱり分からない。
「えっと…」
【拓いる?ちょっと変わって?】
スマホを耳から外してたっくんに差し出す。
「変わってって」
俺?って顔をしながらもたっくんは私からスマホを受け取ると「もしもし」…あっちの声が聞こえなくなった。
たっくんは私のスマホで会話をしながらクスクス笑っていて、最後に一言「了解です。素直に返しますよ」そう言うとピっと切ってしまった。
「はいこれ」
そう言うとたっくんは私の腕を掴んでクルリとその場で反転するなり、今来た道を戻り始めた。
人、人、人…―――の中、無理やり私を連れ戻すたっくんに引っ張られて辿り着いたのは客席。
「30分もすればみんなはけて誰もいなくなるって。ここで座って待ってて!って直人さんが」
「え?直人が?」
「誕生日ですよ、とびっきりの演出でドヤ顔してくるに決まってるじゃないっすか!俺の分も”おめでとう”伝えといてくださいね!」
そう言ってたっくんは笑顔で手を振ると「ハッピーバースデー!!」大声でそう叫んで帰って行った。
一人で待つ30分はとても長くて。
危うく寝そうになった時だった。
ステージの画面がパッと明るくなってそこに映し出された文字。
【ステージの前まで降りてきて】
これは、私に言ってるんだよね、きっと。
スタッフさんも誰もそこにはいなくて。
ひたすら長い階段を降りてアリーナ席を通ってステージの真ん前までやってきた。
ささやかな照明のついたステージにスーツ姿の直人が出てきて。
「一曲歌います!」
マイクも何も持たずにそっと目を閉じる直人。
「遠くを見つめ ため息ごまかしても
そんなときはそっと気にかけてくれた
もしも今できることがあるなら
どんな言葉 どんな想い 届けられる…
―――――――――…」
アカペラで直人が歌う「You're my "HERO"」…私の大好きな歌。
直人が浮かぶんだって前に言ったの覚えてくれていたんだって。
「これからも一生この歌に恥じないように、ゆきみにとってのHEROは俺だけでありたい…」
当たり前のことをドヤ顔で言う直人に涙交じりに笑顔が溢れてしまう。