彼の涙
濃い時間はあっという間に終わっていく。
直人と二人で夜桜を見にやって来た。
ちょうど見ごろのココは、夜なのにすごい人で。
だけど少し離れた場所にポツンとただずむ枝垂れ桜の下だけは、誰もいない。
まるでここで、と用意されたような気分だった。
散々直人と愛し合ったのに、まだまだ触れていたくて。
一秒も離れたくなくて。
こんなにも桜が綺麗だというのに、私の心はずっと泣いているようだった。
「綺麗だね、ユヅキちゃん」
「うん。すごく綺麗…」
「あのさ、教えて欲しいんだ、ユヅキちゃんのこと。俺知らないことばっかりでさ、御両親のこととか、幼少期とか、もっと教えてくれないかな?」
直人の質問に小さく息を吐き出す。
振り返ることなく私は桜を見上げた。
風に揺られて花びらがヒラヒラと舞い落ちてくる。
そっと開いた手の平に一枚乗っかった。
「直人さん、そのまま聞いてね?」
「え?どうしたの?」
「早瀬さんはもう二度と直人さんの前には現れないから」
「え?どういう意味?」
困惑した直人の声色。
動揺と困惑とが混ざっている直人の声。
ごめんね、そんな声出させちゃって。
「全部仕組まれたことだったの。私との出逢い全部が…。直人さんのこと最初から落とすつもりで近づいたの私…」
「………本気?」
「うん。中森さんの依頼で、妹を自殺に追いやった早瀬の恋人を奪って、同じ目に合わせて苦しめて欲しいって。だから直人さんに近付いて好きになったフリをしていたの…」
「フリ…」
「私、黒沢探偵事務所の人間なの!」
くるりと振り返ってそう言った。
困惑した表情の直人。
だけどその瞳は真っ直ぐに私を見つめていて。
「本当だったんだ、紀の言ってたこと。もしかしてユヅキちゃんあの時聞いてた?」
「…後ろにいました、ごめんなさい」
「そっか…俺、最初からターゲットだったんだ、そっかそっか。そうだよね、こんなおじさんのこと、ユヅキちゃんみたいな若くて綺麗な子が好きになるわけ、ないよな…でも……」
気まずそうに俯く直人に、言いたいことは沢山ある。
「でもさ、そしたら尚更俺が聞いた嫌だって声はユヅキちゃんの気持ちそのものだって、思っちゃダメなの?」
―――――え?
「こんな展開だとは思ってなかったけど、ユヅキちゃんが俺に何か隠していて、この3日間は最後の時間を過ごしているように感じてた。どんな出逢い方だって構わない。俺はユヅキちゃんとの未来をちゃんと描いていたんだ――――なかったことにしないでよ?俺の気持ち。俺愛してるよ、それでもユヅキちゃんのこと…」
「直人さん、やめて。それ以上言わないで」
声が震える。
こんなになってでも、それでも私を受け入れて必要としてくれるの?
「どうしても、嘘だと思えない、ユヅキちゃんの気持ち。いや、嘘にしてほしくないんだ、俺が…」
ポロリと直人の瞳から涙が零れた。