ウエディングドレス


【マルタイいないみたいだけど】




カチッて耳のピアスに剛典からの声が届く。

私は大通りの反対側にあるデパートの中に入って行ってそこのトイレ前で壁に寄りかかっていた剛典の前を通り過ぎる時に後ろ手で着替えを受け取った。

とりあえず早瀬はいない。

昨日の今日だからおとなしくしてる?

夜にならないと現れないかもなぁーなんて思って着替えて外に出た。

同時に剛典も着替えていて。

私に手を差し出しているからそれを握った。




「デートしようか?」

「え?」

「デート!したことないでしょ?ユヅキちゃん」

「なんで決めつけるの?」

「いやだって、ないっしょ?」

「……ないけど」

「ほら!決まり。何が見たい?」




……思い浮かべるのは一つ。




「ドレス着たい」

「……へ?ドレス?」

「うん、ウエディングドレス!」




私の言葉に大袈裟に目を見開く剛典。

まさかそんな答えが来るとは思わなかったのか?さすがに吃驚していて。

口端を緩めるとキャップの上から頭を撫でた。




「仕方ねぇな、見立ててやるよ!」

「剛典のセンス、大丈夫?」

「ちょっと!俺これでもナンバー1だったんだからね?」

「そうだったね!」

「よし、行くぞ!」




ウエディングドレスを着たい!なんて今まで一度も思ったことなんてなくて。

せっかくだから哲也には内緒にしておかなきゃって。

直人の横で着ることはできなくても、哲也がいつか着せてくれるって。

それぐらい願ってもいいよね?






試着室から出るとしっかり、ちゃっかりタキシードに着替えている剛典。

ホストあがりなだけあって、何か似合ってる。




「うわこれヤバイ。俺哲也さんに殺されるんじゃない?」

「…てっちゃんはそんなことしないって」

【なに?お前ら何してんの?】



うわヤバ!

ピアスしてんのすっかり忘れてた。

剛典の顔色がちょっと青ざめたから笑える。

みんなにとって怖い存在の哲也は、私には極上に甘い。




【答えろ剛典】




無言の剛典に威圧的な声で問いかける哲也に笑う。




「ユヅキちゃんとウエディングドレス試着してます」




素直に答えた後、哲也からの信号が消えた。




「まさか来ないよね?」

「さあ?どの道GPSで場所は割れるし…」

「剛典、変われ」




嘘でしょ!?

なんで?




「てっちゃん早すぎない?」

「だって待機してたもん俺。今日は俺が付き合うよ、ユヅキ。もういーぞ帰って!」




シッシッて、剛典を手首で払う哲也に、思いっきり顔をしかめた。




「すげー嫌なんだけど、この状態で帰るなんて…」

「あはは、てっちゃん、剛典可哀想!せめて見届けて貰えば?」

「ユヅキが言うなら御自由にどうぞ!」




クルリと、手の平も態度もひるがえす哲也にクスッと笑った。

……笑えんじゃんね私。

もう笑顔なんて出せないものかと思ったけど、哲也はいつでも私を笑わそうとしてくれるんだって、少なからず愛を感じたんだ。




「てゆうか、綺麗だよユヅキ。写真撮影が終わったら指輪選びに行こうか!」

「え、指輪?買ってくれんの?」

「そりゃね。婚約指輪の下見な下見!」




純白のドレスの下には薄いピンク色の刺繍が入っていて、シンプルだけどすごく綺麗なこのウエディングドレス。

大好きな人の隣でこれを来てバージンロードを歩く自分を想像したら泣きそうになった。

だから自分の中で隣のタキシードの顔にモヤをかけたんだ。
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