離れがたい


「ユヅキちゃん!」




顔を上げると笑顔の直人がいた。

直人の会社の前、お弁当を持ってきた私にちょっと吃驚した顔でビルから出てくる。




「ごめんなさい、お弁当作りたくて…。迷惑ですよね?」

「そんなことないけど、お店は?」

「シフト変わって。3日間お休みなんですじつは…」

「そうなの?」

「はい。明日もお弁当作ってもいい?」

「毎日作ってよ?」




ふわりと直人の腕が肩に回る。

毎日作れたらどんなに幸せか。

そんな普通の女の子が夢見る幸せなんて、望んじゃダメだよね。




「はい!毎日作ります」




それでも笑顔でそう答えると直人が真剣な顔に変わった。




「今日早く帰れるから先に家行ってて?話があるんだ」




早瀬のことだよね。

あの後タクシーで帰ったっていう。

私はその場で直人に抱きつく。

トトってよろけながらもふわりと私を抱きしめ返してくれる直人。

公共の場でも余裕のある大人の男は慌てたりしない。

それがかっこいい。




「うん待ってる。早く帰ってきて」

「うん。早く帰るよ!」




そっと直人から離れると、今度は直人の方が私を引き寄せてほんのり軽く触れるだけのキスをくれた。




「今はこれで我慢するけど、夜は我慢しないから…」

「私も我慢しないもん」

「可愛い…」

「かっこいい」

「俺おじさんだって」

「おじさんじゃないよ。直人さん」

「甘やかしてさー俺のこと。何でも買ってあげちゃうよ?」

「じゃあ3日間の私の時間全部あげます」

「え、3日間だけじゃ嫌なんだけど。全部ちょうだいよ?欲張り?」




おじさんっていうわりに、八重歯を見せて可愛く照れ笑いする直人が好き。

欲張りなもんか。




「いいよ、あげる!」

「戻れなくなるなぁ、これ…」




直人の目が離れたくないって言ってる。

私の全部が、離れたくないって思ってる。

夜まであと数時間だっていうのに、こんなにも苦痛に思うなんてね。




「ごめんね、直人さん。私がおしかけちゃったから!でもこの辺来たことないからあっちのデパート見てくる!だから終わったら連絡して?」

「うん分かった。そこにいるなら俺も少しは安心。けどなんかあったらマジですぐに連絡して。会社でも携帯でもどっちでも大丈夫だから。今日は会議もないし電話も取れるようにしとくからさ!」




早瀬への警戒がとれたわけじゃない。

直人が早瀬を抱いていないというのなら今この瞬間も早瀬は私を狙っているかもしれない。

まだ抹消には早いから。

奥で剛典が待機してる。

アメカジな私のカツラと衣装を持って。




「はい!お仕事頑張ってください!」

「ありがとう。じゃあ戻るね!」

「いってらっしゃい!」

「いってきます!」




軽く手を振ると、爽やかにビルの中に戻って行った。
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